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ましろディスティニー  作者: 鳴海
第1章
3/22

白色の決心

「願いを叶えるってなんのことだろう?」


 扉の奥へと進むと、漫画などでよく見る魔法陣が描かれている場所に辿り着いた。魔法陣に使われている文字は、あの謎の文字と同じだった。白い床の上で、魔法陣はピンク色の光を放っている。直径は二十メートルくらいだろう。


 魔法陣の中央には、なにも置かれていない台座があった。側面には彫刻が刻まれていたが、それがなにを表しているのかわからない。ただ見ようによっては動物に見えなくもなかった。


 円の外側まで歩いてみると、その先は床がなく、危うく、足を滑らせて落ちてしまうところだった。しゃがんで確認してみるが、底は見えない。どこまでも落ちて行けそうだった。どうやらここは円柱の上のようだ。


 天を仰いでみると、床のものとは大きさも内容も違う魔法陣が、ましろを見下ろしていた。床に描かれているものより、ずっと内容が濃い。文字数も、円の数も、星の数もケタ違いだった。怪しさというよりは、神聖さを感じさせた。


 ここが、自分の住んでいた《現実》とは違う場所だということを、改めて思い知らされた。目に映る光景も、肌で感じる空気も、まったく異なっている。同じ場所が《現実》に存在するとは思うことができない。それほどまでに圧倒的な存在感が、たしかにここにある。


『マスター』


 いきなりの呼びかけに、ましろは肩を震わせた。


「びっくりしたよぉ。今までどうして黙っていたの?」


『すみません。話そうと思っても、話せなかったのです』


「そうなんだ。私はこれからどうしたらいいの? ここ行き止まりみたいだし……。また、時間が経ったら扉が出てくるの?」


『いえ、もう扉は出てきません。マスターは選択をしたようなので、次のステージに移動しました。とはいえ、このような空間はここで最後ですけれど』


「そうなんだぁ」


『マスター、私に触れていただけますか?』


「え? 無理だよ」


『どうしてですか?』


「どこにいるのかわからないもん」


 こっちに来てから、謎の声は二つあった。


 今話している相手と、先ほどましろに選択肢を与えた相手。


 どちらも姿が見えない。ましろは不思議と順応してしまったが、相手の姿が見えないことに、触れてくれと言われてようやく、今まで話していた相手が普通でないことに思い至ることができた。


『私は、マスターの胸元にいます。制服で隠れているから見えないのと、いろいろとあって気付けなかったのかもしれません』


 ましろは、胸元を確かめるために、制服の中を覗いた。


「ほんとだぁ。いつの間に、ここにいたの?」


 そっと、胸元にあった赤い宝石を取り出す。それは銀色の鎖で繋がれて、ネックレスになっていた。これまで首に感触はなかったが、意識すると感触に気付けた。体温が移っているのか、ひんやりとした金属の感触はない。


『マスターがこちらに来てからはずっといましたよ』


「あれ? なんで私、これがあなただと思ったんだろう? 宝石が喋ってるのっておかしいよね?」


『マスターはある程度の「不思議」ならば、対応できるようになっているのです。今までのことに比べれば、私が宝石であろうと驚かないでしょう』


 今までのことを考えてみれば、たしかに、宝石が話していることくらい、たいしたことなかった。


 文字が宙に浮かんだこと。


 変な空間に連れて来られたこと。


 上も下もわからなくなったこと。


 巨大な扉が現れたこと。


 思い付くものだけでも、普通に生きていたら、体験できそうにないことばかりだ。それになんとなく順応してしまった自分を、凄いと思った。


「えっと……、触れればいいんだよね?」


『はい』


 ましろは指で赤い宝石に触れた。ひんやりとした感覚が、指から脳に伝わる。

伝わったのは冷たさだけじゃない。古いフィルム映画のような映像が、頭の中に流れ込んできた。ときには途切れ、ときには靄がかかり、それがなんの映像なのか判断するのは難しかった。


 空の上にいることは、下にビルが見えたことからわかった。雲が近く、遠くに形を歪めた山々があった。


 周りには、複数の人間がいる。不思議な格好で空を飛んでいた。


 映像が進むと、大きな黒いものが映像を食い潰していた。


 その黒いものの周りには、さっき見た人たちがいる。


 一人……、また一人、と空から地上へ落ちて行く。


「な、なにこれ……」


 黒いものは、街を呑み込んでいく。下に見えていたビルも、その黒いものが通り過ぎたあとには、跡形もなく消えてしまっていた。


 ましろは、宝石から指を離した。もう見たくない、そう思ったからだ。ましろが誰の目線で、あの光景を見ていたのかはわからないが、おそらく、地上に落ちて行った人たちの仲間の目線だったのだろう。


 ましろには映像だけでなく、その人の感情までもが流れ込んできた。悲しみ、苦しみ、痛み……。そういったものが一気に流れ込んできてしまい、それに耐えきれなかったから、宝石から指を離した。


 たった十四年ほどの人生だが、悲しむことも、苦しむことも、痛みに嘆くこともあった。しかし今流れ込んできた感情は、そのすべてを足したとしても足りない――まったく足りない。混沌としていた。吐き気を催すことすらできなかった。


 ただ、触れていたくない、と。


 ただ、流れ込んできて欲しくない、と。


 そう、思った。


『彼らは、魔法使いです』宝石から声が聞こえてくる。『この世界は、平和を保っているようですが、彼らの世界は、平和とは程遠いものでした』


「あの、黒いののせい?」


『そうです。あれは、精霊と呼ばれるもので、あの世界では、人間を滅ぼそうとする存在でした』


「その世界では、人間がなにか悪いことをしたの?」


『あの世界に限らず、人間は進化、発展のために様々なものを犠牲にしてきました。海を汚し、森林を伐採し、資源を枯渇させるなどです。これは仕方のないことなのですが、ただ、あの世界では、地球が人間を不要物、あるいは危険を及ぼしている者として認識してしまったのです』


「地球にも意思みたいなものがあるんだね」


『地球というよりは、世界がそう認識したというべきなのですが、この辺りまで話すと、マスターには理解できないと思われます。マスターの住んでいる世界とは違う話ですから』


 ましろは、それに納得した。相手が説明してくれているのだから、一応の質問を投げかけているが、正直に言って、すでにましろの頭の中はショートしかけていた。


 魔法使い、精霊、自分の住んでいる世界とは別の世界。そういったワードが頭の中を埋め尽くしている。


「つまり、私も、あの黒いのと戦わないといけないの?」ましろは恐る恐る訊いた。「全然、勝てる気がしないし、なんていうか……、死んじゃうよ、私」


『その心配はありません。あのような精霊はこの世界にはいません』


「よかったぁ……」ましろは胸を撫で下ろす。


『その代わりというわけではないですが、マスターには、精霊の残党を倒してもらいます』


「え? でもいないんじゃ……」


『あの規模の精霊はいません。マスターに倒してもらうのは、マスターと同じくらいの大きさ、それに自己移動できないものです。浄化作業と思ってもらえればいいかと』


「うん、と……」ましろは考える。「つまり、私はその動かない精霊さんをやっつければいいんだね。攻撃とかしてこない?」


『ええ、自分ではなにもできないですから。ただ、その場を汚す恐れがあります。放っておけば、人間にも危害が及ぶかもしれません。そういう状態になる前に、マスターには精霊を倒してもらいたいのです』


「私にできるかな」


 そう心配したものの、実はましろの中では決心がついていた。誰かが傷つくかもしれない――そう聞いただけで答は出ていた。なにもしなければ誰かが不幸な目に遭ってしまう。ましろが拒絶すれば確実に、だ。その誰かが、もしかしたら大切な人かもしれない。身近な人の可能性もある。それだけわかれば充分だった。


 ましろは誰かが悲しんでいる姿を見たくなかった。誰だってそうだと考えている。


 その不幸を一つでも多く取り除けるなら、それが自分にしかできないことならば、ましろは進んで引き受ける。


『マスターだからできるのです』


 欲しかった言葉をもらえて、決心は固まった。それがましろの弱いところだった。自分でやるべきことを、やりたいことをわかっているのに、最初の一歩を踏み出すことができない。誰かに背中を押してもらえないと前に進めないのだ。だからなにも考えず、心に任せることもある。しかしそれはさっき使ってしまった。多用してはいけないとも言われていたために、今回は頭で考えて決断したのだった。


 しかしまだ一人で最初の一歩を踏み出すのは難しいようだ。


 自分のダメなところを痛感しつつも、ましろは訊いた。


「でも、どうやって?」


『簡単です』赤い宝石が煌めき始める。『マスターが魔法使いになればいいのです』

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