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ましろディスティニー  作者: 鳴海
第2章
11/22

白色の経験

 ある日の夕方、ましろはまた結界の中にいた。相変わらずの色合いにはまだ慣れていない。あとほんの少しでも統制のとれた色合いならばよかったのに、と思わずにはいられなかった。


 今日は最初に倒した精霊がいた場所に立っていた。もちろん結界内に来てから移動をした。さすがにバスに乗ってここまで移動するのは。お金がかかってしまうため避けたい。ましろの財布の中はいつだって空に近いのだ。無駄な浪費はしたくない。


 そういうわけで、ましろは歩いてこの場所までやってきた。時間はたっぷりある上に、散歩がてらといった感じだ。ただしましろはその場所までの道のりを知らないので、仕方なく一直線の道を作った。


 魔力を放射して、障害物を排除した。


 その爽快感はきっと元の世界では味わえないものだろう。怪獣になって、街を破壊するような感覚に近いと、最近見た怪獣映画を思い出しながらましろは頷いた。


 壊してしまった建物は、外観だけでなく内観も再現されていた。崩れかけた建物の中には、同じように壊れかけた家具などが散乱していた。人様の家を覗き見るようで気が引けたが、どうしても目が動いてしまった。


 好奇心という欲望と戦いながら、ましろは目的のビルに辿り着いた。当然ロビーに続く自動ドアは自動で開かないため、破壊するしかなかった。


 階段を見つけて、屋上までのぼった。ビル内見学をしようとも思ったが、みっともないと自分に言い聞かせて足を動かした。


 屋上からの景色の眺めはまるでジオラマを見ているようだった。街が作りもののように見える。そう思ってから、この街が作りものだったと思い出した。


『しかしマスター、どうしてこのような場所に?』


「今日はね、ミッションっていうのをやろうと思って。願いによっては倒さないといけない精霊の数が多くなるんでしょう? だったら眺めのいい場所が最適かなって」


『なるほど。実に効率的ですね』


「そうじゃないと、私がもたないからね」ましろは、たははと笑った。


『では早速開始しますか?』


「そうだね」


『では、願いを』


「えーっと、それがまだ考えてないんだよね」


『時間はありますから、ゆっくり考えるといいでしょう』


「うーん」ましろは腕を組んで考え始めた。


 誰か困っていた人はいなかっただろうか、と記憶を探ってみる。まずは家族。詩郎は仕事に家事と忙しそうだが、それを楽しんでいるようだ。満足感を得ている。舞子も仕事で疲れているが、愚痴の一つもこぼしたことはなかった。二人とも困っている様子はない。


 みずきはどうだろう……と、順番に思い付くかぎりを考えていき、ようやく思い当たったのは学校の用務員ことだった。たしか学校の壁が落書きされていたと怒っていた。どのくらいの規模だったのかは不明だが、どうやらそれを落とすのは特別な道具が必要で、無駄にお金を使うことになってしまうらしい。


 これしかない、とましろは頷いた。正確にはこれしか思いつかなかった。


「決まったよ」


『なんでしょう』


「学校の壁の落書きを消したい」


『わかりました』

 

 とセレナが返答した直後に、ましろは別のことを思い付いた。


「ちょっと待って」


『なんでしょうか』


「どうせなら、校舎全体を綺麗にしようかなって思ったの。完全に綺麗にするんじゃなくて、見えない部分の修理をしたいんだけど、できる?」


『マスターが望むのならば』


 しばらくすると宙に文字が浮かんだ。『ミッション』という言葉が、この世界のものではない文字で表示された。もしかしたらセレナが前にいた世界の文字なのかもしれない。そうならば、一心同体であるましろが読めても不思議ではない。


 そして続いて、


《精霊の討伐》


《目標値:十八体》


 と表示された。


「十八体って多いよね?」ましろは恐る恐る聞いた。あと戻りはできないだけに、これからの困難の度合いを知りたい。


『そうですね。この一ヶ所から狙い撃っていくのは難しいでしょう。これも練習だと思って、一つ一つ丁寧に倒していきましょう』


「魔力の無駄遣いはしたくないもんね」


 ましろの手に魔法杖が現れ、それを握った。同時に花びらがましろの周りに飛び散り、宙に留まった。四本の枝は伸びない。


 ゴーグルをかけて精霊を捜す。


「よし、頑張ろうっ!」


 ましろの非日常が始まった。


 まずは二十メートルほど離れた場所にいる精霊からだった。歩いて近づいてもよかったのだが、手始めということもありその場から動かずに狙うことにした。


 杖を構えて、標準を定める。だいたい固定できたところで魔力を集め始めた。今回はゴーグルに頼らず、自分の力を試そうと思っていた。


 二十メートルほどの距離から集めるべき最低限の魔力量を推測する。


(だいたい、これくらいかなあ……)


 ましろは自分の判断を信じて、トリガーを引いた。


『マスター!』


 セレナの声が聞こえたときには、すでにましろの身体は後方に飛ばされていた。集めていた魔力は銃口が上を向いてしまったために、空へと発射された。


 背中から地面に着地した、ましろの身体に衝撃が走った。


「うぅ……。なに、なにが起きたの?」


『枝が仕舞われたままです。マスターの身体を支えるために展開されていた枝が、今回、マスターが魔力供給をしなかったために開かれなかったのです』


「そっか」ましろは上半身を起こした。背中に痛みがあった。「いてて。考えることっていっぱいあるんだね」


『申し訳ありません。マスターがご自身の力で成し遂げようとする思考が私に伝わってきたものですから、口を出すまいとしたのですが結果として裏目に出てしまったようです』


「ううん、大丈夫。セレナは悪くないよ」


『ですが……』


「どこかで一度は体験しないといけなかったんだよ。それが今でよかった――そういうふうに考えたら、全然悪いことじゃないでしょ?」


『ありがとうございます』


「それにしても、魔法使いって考えることがたくさんあるんだね。自分の力だけじゃあ、頭がパンクしちゃいそうだよ」


『少しずつ慣れていきましょう』


 ましろは立ち上がり、衣装についた砂埃を払った。杖は途中まで握っていたが、どうやら着地時に地面に落していたようだ。拾い上げて、杖についた砂埃も払う。


「よしっ、張り切っていこう!」

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