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ましろディスティニー  作者: 鳴海
第1章
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白色の封筒

 香坂ましろが中学校から帰宅し、郵便受けを開けると、一通の白い洋封筒が入っていた。手に取って差出人を確認したが、なにも書かれていない。宛名もそうだった。


 ましろは首を傾げた。あまりにも不自然なこの洋封筒をこのまま家に持ち帰っていいのだろうか? 不幸の手紙だったら嫌だ、と思った。


 胸の鼓動の高まりを感じつつも、ましろは洋封筒を開けることにした。

のり付けをされていると思っていたが、それは簡単に開いた。初めからのり付けされていなかったのだろう。端から破かないあたりが、ましろの性格を表している。


 まるでホラー映画を観るときのように瞼をうっすらと開いて、恐る恐る中身を取り出していく。自然と腕は伸び、遠ざけようという意思が反映されていた。身体もなぜか自然と震えだしている。


 取り出し終えて、ましろはその大きな目で中身を確認した。


 封入されていたのは、洋封筒と同じようになにも書かれていない一枚の紙だった。紙というよりは板に近い。画用紙よりも硬く、折り曲がるとは思えない。指で弾いてみると、鉄琴を叩いたときのような高い音が鳴った。どうやら紙ではないらしい。だが、鉄だとも思えなかった。ましろの知らない謎の素材でできているようだ。


 胸を撫で下ろしたが、ましろはますます困惑した。差出人も宛名も書かれていない洋封筒に入っていたのが、白い金属のような板だけ。しかもその板にも、なにも書かれていない。誰がなんのために香坂家の郵便受けに入れたのだろうか。郵便配達員が届けたのではないのはわかる。これは誰かが意図して、直接投函しなければここには届かない。


 ましろは必死に考えた。授業で疲労しきった頭で答えを出そうとする。


 そして、閃く。


「これが有名な、あのイジメってやつなんだ……」


 イジメはこういった意味不明な手紙から始まることが多いと、昨日の夕方のニュースでやっていた。これまでの人生においてその手の出来事に無縁だったましろにとっては衝撃的なものであった。


 陰湿な手口で心を攻撃してくるパターンのやつだ、とましろは考えた。たぶん、今、ましろが困惑しているのを、誰かが遠くから眺めていて楽しんでいるに違いない。個人か、集団かはわからない。


 けれど、たしかにましろに恨みを持つ者がいるのだ。そうでなければ、こんな手紙が届くはずがない。


 ましろは左右を確認する。住宅街であるため、周りには家しか見えない。ましろの視界には、誰一人映り込むことはなかった。


「どうしよう……」


 生まれて初めてのイジメに、どうしたらいいかわからない。両親に言うべきか、友達に相談するべきか。考えたくはないが、友達の中の誰かが犯人である可能性も捨てきれない。むしろその可能性の方が高いともいえる。


 なによりこれは始まりにすぎない。テレビでそう言っていた。ここから段々と過激になっていき、上履きに画鋲がびょうを入れられていたり、机に油性ペンで落書きをされたり、体操服隠されたり……。


 学校に行くのが怖いと言った被害者の気持ちが理解できた。なにが待ち受けているのかわからない場所に行きたいと思うはずがない。


 いったいどんな悪口が書かれているのか。嫌でも昨日の映像を思い出してしまう。見たくない、持っていたくない、と思うものの、どうしたらいいかやはりわからない。


「あ、でも」


 ましろはあることに気付いた。この家に住んでいるのは、ましろだけじゃない。両親だって住んでいるのだ。


 だとしたら、この手紙がましろ自身に届いたものであると決め付けるのはまだ早い。母親の可能性も、父親の可能性も充分にある。しかし二人が誰かに恨まれるようなことをするとはとうてい考えられなかった。


 ましろはますます頭を悩ませる。仮にこれが両親に宛てられたものだとして、両親に報告すべきなのだろうか。もしこれが両親の仲を引き裂くものならば、見せるわけにも、話すわけにもいかない。二人が争う姿は見たくなかったし、その先にある嫌な未来はぜひとも回避したかった。


 頭を抱え込むが、答えは出ない。この広い住宅街で一人むなしく考え込んでいる自分を想像して、なんだか少し可笑しかった。


 少しではないが、少しということにしたかった。


「あれ? この手紙が届いたのが悪いんだったら、届かなかったことにすれば……」


 自分の名案に何度も頷く。完璧だった。なにも気にすることはなくなる。今から普通に家に入り、鞄を置いて、温かいココアを飲もう。それから、宿題をして、ふかふかの布団に飛び込もう。数日もすれば、封筒の存在も忘れてしまうだろう。気兼ねなく、ごく普通の変わりない日々を過ごすことができる。


「まったく……、きみは、本当に驚かせてくれたね」


 問題が解決したことに安心し、微笑みながら手紙に話しかける。たぶんこの住宅街で手紙に話しかけているのは、ましろだけだろう。


 改めてその白い板を見ると、太陽の光が反射して眩しかった。日が暮れ始め、白い板にも色が付いていた。ほんのりと赤い。


 沈みかけている太陽に白い板をかざしてみたが、なにかが透けて見えることはなかった。やはりただのイタズラだろうか。そもそもこの板の材質はなんなのか、ましろはそっちの方が気になってきていた。


 洋封筒に戻そうと思い、太陽にかざすのを止める。もうこの手紙とは無関係だ。見なかったことに、なかったことにしよう。本当に悩ませてくれた。そう考えながら、そっと白い板を指の腹で撫でた。


「え?」


 一瞬自分の目を疑った。そよ風でなびいた髪が視界に入り、そう錯覚させたのかと思った。しかし目の錯覚ではなかった。風が止み、肩口まで届きそうな髪がおとなしくなっても、「それ」は残っていた。


 白い板に文字が浮かび上がっている。ましろの指が通った場所に、見たこともない虹色に光る文字が現れる。光を当てる角度を変えていないのに、自然と文字の色は変わる。


 赤から青へ、青から紫へ……、次々に順不同に変わっていく。


 文字数はおそらく十二文字。しかし、それがなにを表しているのか、ましろにはわからない。英語や日本語でないのはたしかである。どこか別の国の言葉だとも思ったが、不思議なことに、ましろにはそれがどこの国の言葉でもないと思えた。


 そして、文字は白い板から離れ、宙に浮かび上がる。ましろはあまりの出来事に声を出すこともできず、ただその文字が、ゆらゆらと揺れているのを見ていることしかできなかった。



《――― あなたの願いを ―――》



 突然、誰かの声が聞こえてきた。周囲を確認したが、誰もいない。そもそも耳から聞こえてきた感じはしなかった。


 どちらかといえば、内側から……。


 ましろは浮かんでいる文字を見た。先ほどまで、まったく意味がわからなかった文字だったのに、今は不思議と読めるようになっていた。


「あなたの願いを叶えましょう」


 ましろがそう呟くと、文字は光り輝いた。その光がましろを包み込むのに、数秒もかからなかった。一瞬である。


 ましろは、今自分に起きていることを把握できないまま、目を閉じることもできないまま、立っていることしかできなかった。

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