私たちの高校三年生
一時間SS テーマは黒、神社、クッキー
「ねえ、知ってる?」
「うん」
「黒い星のこと」
「黒い星?」
テントの中であぐらをかく由佳が、おやつのクッキーを食べながら得意げな顔をしている。
「空に映る星の中に、黒い星があるの」
ふうんと、私は興味なさそうに夜空を見渡した。
「輝く光の大きい順番に、一番星、二番星、三番星。そのほかに、黒い星っていうのがあって、その星を見つけた人は、願い事がなんでもかなうんだよ」
「なにそれ、ありきたりな少女漫画みたい」
「あっ、あれ! オリオン座のあたり」
そう指して見せた由佳の指先を目で追うと、由佳は私をみて小さく笑う。
ちょっと悔しいから肩をつつくと、由佳はそれを楽しそうに受け止めてまた笑った。
1月7日。冬休み最後の日。
滝川神社の裏から雑木林に入って約10分歩くと、地元ではちょっとした天体観測のスポットとなっている。望遠鏡を覗きこむ人や、肉眼で空を眺めている人もいて、私たちも高校三年生の最後としてちょっとした冒険のような気分でここにやってきていた。
「やっぱり真冬は寒かったかなあ」
「言ったでしょ、田舎の冬なめんな」
「だってー」
由佳は都会から引っ越してきて、田舎の冬を良く知らない。もう三年目くらい経つというのに、なにかイベントがあると知っては良く私を引っ張り出す。
いつだったか、母親が私を神社の婿養子と結婚させようとしたときもそうだ。
「あの時も私の傷心を知らず、滝川の街の端から端まで引きづり回されたっけ」
「結婚がどうのってときのこと? あゆき、まだ気にしてたんだ」
「そりゃ、高校生で結婚なんて言われてもいやでしょ」
しかも知らない人とだなんて。
「じゃあ、相手がカッキー似の超美形だったら?」
「結婚しない」
「じゃあじゃあ、超がつくレベルのお金持ちでも?」
「そういうことじゃないんだよ」苦笑いになった私が言う。「お金とか美形とか、高校三年生の私が言うのもなんだけど、もっと複雑なことなの」
そういうことじゃない。
鬼の形相だった母親にも、そう言った。
卒業間近にもなった私を、もう大人だからと括って将来のことを決めつけて話してくるのは決まって大人で、子供と大人の間にいる名もない人間のことを、大人たちも子供たちも理解しようと思って接しようとしていない。
「難しいこというね、あゆきは」
「あんたが軽すぎるんじゃないの? 同い年のはずなんだけど」
ニヒヒと笑うあゆきの顔を見て、なぜか羨ましかった。
「あ、流れ星……」
あゆきの顔につられて空を見上げれば、東の空から西へ光が消えていくところだった。
この町の空に流れ星が見えるのは、べつに特別なことではない。
「ねえ、さっきの話」
「うん?」
「黒い星のこと」
なんでも願いがかなうっていう。
「どの辺にあるのかな」
「うーん、オリオン座の下の方って聞いたことはあるけど」
「うさぎ座のあたり?」
「どっちが上でどっちが下なんだろ?」
「あのねえ」
笑ってごまかす由佳に、今度はげんこつをいれる。
「まあいいや、そっちの方かな」
「なに、お願い事があるの?」
「べつに。ただ新しい洋服が欲しいのにお金ないからさ」
言いたいこととは別に違う言葉が出てきてしまう。
手を合わせてお祈りをしようとすると、由佳も手を合わせてきた。
「……なによ」
「べつに。これあゆきの真似ね」
「……」
「なんか初めて見るすごい顔になってるよ」
今度こそ笑顔の弾ける由佳に、私はついに何もできなくなってしまった。
夜空の星を眺め見て、私はどこにあるのかもよくわからない黒い星にお願いを始める。
きっちりと五秒経ったあたり、私と由佳はどちらからともなく、空を見上げて小さくため息をつく。
「……何を願ったの?」
「近々欲しいCDがあってね」
「バイトしなよ」
「それは洋服を買うからなあ」
呆れ混じりに私が頭を振ると、今度はそっちの番とばかりにアイドル顔負けの瞳を向けた。
「あゆきは?」
「ヒミツ」
「えー、なにそれズルい」
「騙される方が悪いのよ」
「騙す方が悪いに決まってるじゃん!」
どちらも騙してないようなと自分の中に茶々を入れながら、今度はさっきよりも深いため息をついた。
「由佳」
「うん?」
「好きよ」
「私は黒いあゆきはあんまし好きじゃないよ」
「黒いとか白いとかってなによ」
「騙すときのあゆき」
「騙さなければ?」
「ビミョー」
そりゃそうよと私が笑いながら口元のクッキーをふき取ると、由佳もつられて笑った。
外の空気が一段と冷えていく中、耳の奥の方でキシキシと音が鳴っているのがわかる。その音が、どこからきているのか、それもきっと、近いところで響いている予感が、今の私にはあった。
まったく。
黒い星とやらも、あてにならないものね。
久々に書き始めたのでとりあえず手慣らし。