毒の巫女と暗殺者
少しダークな展開なため、タブーがある方は逃げてください。
毒の国。この国はそう呼ばれている。この国は薬の知識に長けており訪れれば大抵の薬が手に入る、それこそ良薬でも毒薬でも。ならば何故、薬の国と呼ばれず毒の国なのかといえば、巫女の涙というなの毒薬のせいである。
王家のみが精製する事ができる特殊な毒「巫女の涙」
その毒が領土も狭く特産品と呼べるものもなくそして土地も豊かではないこの国が、隣国と有利な協定を結ぶ事を可能にしていた。だから皆がこの国を「毒の国」と呼ぶ。
王家のみが作る事ができる謎の毒「巫女の涙」
ある者は言う城の地下に秘密の毒畑があるのだと、他の者は言う城の庭に咲き乱れる薔薇を特殊な方法で精製をすると毒になると。しかし真実を知る者はほとんどいない。
たった数滴で人を殺す事ができる。屍体には何も残らない、だから毒で死んだのかそれとも病気で死んだのか誰もわからない。量を調整すれば、人を寝たきりにさせる事も意思をもたぬ傀儡に変える事もできる、恐ろしい毒「巫女の涙」
明るい日差しが差し込む窓辺にそっと自分の手を伸ばす。白く不気味な手。外に出る事も許されずただこの塔の中で生きる事が求められる「巫女」である自分。
「涙…ね、流した事などあったかしら」
ぼんやりと太陽の光にさらされた手を眺めていると、突如祝砲が鳴り響いた。そういえば今日は一番上の兄の誕生日だった事を思い出す。兄や姉たちは誕生祭に出席しているのだろう。そして私はまた「体が弱いために不参加」となっている。生まれた時から病弱で城の奥で大切に守られている姫。世間ではそういう事になっているらしい。
16年前、私はこの毒の国の第三王女として生まれた。母である王妃が懐妊した時、兄姉たちとは10歳以上離れた末の子は誰からも愛され甘やかされ育つだろうと皆が思っていた。しかし私は王家の秘密を背負って生まれてしまった。
「採血の時間です」
窓の外をぼんやりと眺めていると、そう声をかけられた。
「わかりました、すぐ参ります」
返事をして私はため息をつく。最近採血の量が増えた。ここ数日大量に血をぬかれほぼ1日中ベッドの上で過ごしている。隣国がまた侵略戦争でも始めるつもりなのかもしれない。
そう王家の秘密「巫女の涙」の原料は私の血だ。呪いなのか祝福なのかしらないが、王家にはたまにその身に恐ろしい毒をもった子どもが生まれる。その身の毒を精製ではく、薄めたものが「巫女の涙」
私はこの身に流れる毒により、母の命を徐々に奪い誕生と共に殺した。王である父は歓喜に震え、そして母を愛していた兄姉からは増悪を向けられた。
私の世話をする者には毒のことを伏せられていた。そのため私は自分の身のことを知らずに育ち、大切な者を次々と殺してしまった。庭で転び、擦れだ膝の痛みに泣きながら優しい乳母に甘えた瞬間、彼女の命の火は消えた。私に与えられた騎士は転んだ私を抱きかかえた時に絶命。そして共として与えられた子は、虫さされをかきむしった私を心配し薬を塗ろうと近づき死んでいった。
血の秘密を知った後は、私は誰にも触れたことがない。自分の世話も自分でするようになった。誰にも触れてほしくない、誰も殺したくなかった。
また祝砲の音が響く。何も祝いの日に毒の原料を取り出さなくてもいいのに。そう思うが逆らう意思もなくただフラフラと採血をされる部屋に移動する。椅子に座り腕を差し出すと、厳重な防護服に包まれた医師たちが針を私の体に差し込んだ。針から流れる血は赤い。
「まるで…人の血みたいね」
私の言葉に答える声はない。何度も何度も私の血を抜いたこの部屋は、毒が充満する部屋。口を開けばそれだけ死の危険が増す。医師たちも命がけなのだ。
医師たちが無言で部屋を去った後、血のぬかれてぼやけた思考のままそっと目を閉じる。いつまで私はこうしていなければいけないのだろうか。いつまで人を殺し続けなければいけないのだろうか。いっそのこと手違いか何かで身体中の血を抜いて殺してくれないだろうか。
血が全て抜かれてただの肉だけになったら、きっと自分は人間になれる。そんなきがする。
「誰か…私を殺して」
もう、誰も殺したくない。
私の願いはその夜かなった。
兄の誕生祭は夜も続き賑やかな音楽がこの離れた塔にも聞こえてきていた。いつもならば眠っている時間だったが、椅子に座り耳を華やかな音楽傾ける。そんな時、滅多に聞こえない何かが壊れる音が聞こえてきた。目を閉じる私の側に誰かが近寄る。そっと目を開けるとナイフが目に入る。
「殺すの」
「そのつもりだ」
視界にはナイフがいっぱいで、彼がどんな姿をしているか見えない、ただ声は予想していたより若い男の声だった。
「そう、なら殺せばいいわ。でもあなたも死ぬわよ」
私をそのナイフで突きさせば血が出る。そうしたらこの私を殺そうとしたこの暗殺者も死ぬことになる。
「死にたくないなら…血の出ない方法で殺すことね」
自分が死んでしまってもいいけれど、もうこれ以上私の血で他の人を殺したくない。返事をしない暗殺者、それどころかどうやって私を殺そうと思案しているのか長い沈黙が続いた。耐えきれず言葉を放ったのはもちろん私の方から。
「ねぇ、私が誰か知ってるの」
「第三王女、隠された姫、そして、毒の巫女」
ナイフが少しだけ下げられ、視界に男性が映る。まるで夜の闇を映したような黒い瞳黒い髪、そして少し幼さが残る綺麗な顔。綺麗なその瞳は人を殺すことを生業とする者とはおもえなかった。
「誰か大切な人が私の毒で死んだの」
「違う」
「そう、よかった」
少なくともこの目の前の人の大切な人を奪っていなかった。そんなことがとても嬉しかった。
「お前の存在、いやお前の血がこの国を腐らせていると考えている者がいる」
「他国の人?」
「いや、この国の者だ」
私と同じことを考える人がこの国にもいることが嬉しく思わず笑顔になる。暗殺者はそんな私をみて不思議そうな顔をする。
「何がおかしい」
「私と同じ考えを持った人がこの国もいたことが嬉しいだけ」
「嬉しい?」
「ええ、嬉しい。毒なんていらない。毒なんていらないのよ」
目を細め不可思議なモノを見るような目をする彼。
「ねぇ、早く殺して。もし、殺し方がわからないならば、そのナイフだけ置いてってくれれば…っえ、やめてっ」
突然、私の腕を強く掴み服をまくしあげナイフを這わす。鋭く研がれたナイフは少しだけ私の皮膚を裂き、赤い毒がにじみ出る。
「逃げて、やだ、殺したくないっ」
思いっきり彼を突き飛ばそうとするけど、鍛えられた彼の体はピクリとも動かない。
「やだ…や、だぁ」
涙で滲む視界に彼が私の毒が湧き出る腕を掴み、自分の口元に近づけるところが映る。
「いや、どうして、どうして」
私を殺しに来てくれたはずなのに、なぜ自らを殺そうとするの。私は少し熱い彼の舌が自分の腕を這うのを絶望と共に見つめる。
「泣くな」
「どうして」
そっと私の涙を拭う彼の手は優しい。私を見つめ笑う彼のその姿に、私の涙はまた溢れる。
「俺は死なない」
「……死なない?」
「俺はお前を殺すために育てられた……くっ、やっぱり本物は強いな」
苦しそうに笑い、少し体を傾けた彼に私は震える手を伸ばす。抱きとめた彼は想像以上に熱かった。
「俺は生まれた時から、巫女の涙を与え続けられてる。これぐらいの血じゃ死なない」
私の毒で死なない人間。腕の中の熱い人を思わず抱きしめる。
「死なないのね、死なないのね、私、殺さないですむのね」
優しい手が私の頭をそっと撫でる。
「ああ」
短いその言葉に私の涙はまた溢れ出る、喜びで体が震える。私に殺されない人。私が側にいても死なない人。
「お前は死にたいのか?」
「……シニタイ」
「本当に死んでしまいたいのか」
「生きてたら人を殺してしまうもの」
腕が背に伸ばされしっかり抱きしめられる。人に抱きしめられるのは何十年ぶりだろうか、こんなにあったかくって気持ちいい。頬に伝わる温もり、聞こえる鼓動。もう2度と触れることはないと思った生きている人。
「俺は死なない、だから…俺と一緖にどこかにいくか」
「えっ?」
驚きに胸に寄せていた頭を話そうとすると、そっと伸びてきた手にまたものとの場所に戻される。ドクンドクンと響く生きている鼓動、少し早い。
「お前は生きていていいんだよ」
「そんなことない」
「お前は何もしてない、何も悪いことしてない」
「私はたくさんの人を殺してきた」
「それはお前の意思じゃなかっただろう」
「意思じゃなくても殺したことにはかわりないよ」
だから、私はその罪を償わないといけない、やっと、やっと償える。
「お願い、殺して」
「嫌だ」
「どうして」
「俺はお前を殺さない」
「そんな、あなたしか…」
「俺と来い」
私から体を話した彼に強く惹かれ私は思わず立ち上がる。
「探そう、お前の毒をなくす方法を」
「そんな方法なんて…」
「ある、きっとな」
毒にあたり少し白いその顔に困ったような笑みを浮かべ、私の腕を力強く握る彼。すでに血が止まったはずの腕の傷がドクと疼いた気がした。
「でも…」
「今ここでお前が死を選ぶならば、俺も一緖に死のう」
「そんな」
「だから俺と来い、来れば少なくともお前はもう誰も殺さないですむ」
少し強引な彼の声に私の胸はジワリと熱くなる。もう誰も殺さないで済むのだろうか。私の毒を消す、そんなことが可能だろうか。彼の手に引かれ外に飛び出すことが正しいことなのかわからない、でも…今は、彼の言葉を信じて走り出したい。
「連れてって」
私のこの選択がどんな結果を招こうが、私は後悔しない。そう心に誓い私は彼と共に塔を抜け出した。
「毒の国」が巫女の涙という原料を見逃すわけもなく、彼と私は追っ手に追われながらの旅を続けながら、私の中の毒を消す旅を続けた。国が私たちを捉えることはできないでいる、けれど私の中の毒をなくすことも、人を殺さずにいることもできなかった。それでも私は胸を張って言える、あの時の選択は間違えてなかったと、そして彼と一緖にいて幸せだと。
「きっと私、笑って死ねるわ」
森の中、私は彼に抱きしめられながら星を眺める。周囲には私たちを追ってきた兵士の屍。私の毒に当てられてまた青白い顔をしている彼は、優しく私の腕に巻かれた少し血の滲み出した布を撫でている。
「俺を置いて死なないでくれ」
「ええ」
貴方が望むなら……貴方が望むから私は浅ましく生き続ける。貴方のために、貴方のためだけに……
最後まで読んでくださってありがとうございます。




