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「三カ月、ですかぁ……。いやぁ、それは参ったなぁ」
前日もキャンプ地とした廃ガレージ跡のぱちぱちと爆ぜる焚火の前で、薄汚れたビールケースに腰掛けてあはは、と笑う男。
先ほど雄一郎と合流したばかりのおじさん、木下和人は胡坐を掻いてううむ、と腕組みをした。
あの今はあの煌びやかな鎧姿ではなく、「輝きの剣Ⅳ」の装備アイテムの「旅立ちの服」という初めての町で購入できる服に着替えていた。シリーズおなじみの装備品で、そのうちいくつかをプレイしたことのある雄一郎もそのデザインは見たことがある。
今はバカでかい大剣も、タワーシールドも、勇者装備も彼の持っている「ナップザック」に収納されている。
少し後退気味の額をぽりぽりと掻きながら、痩せた体を焚火の炎に寄せて暖を取る。
汚れていても現代風の雄一郎たちに比べ、中世ヨーロッパ様の服装の彼は浮いてしまう。さらに純日本人の彼では、海外旅行先で記念写真を撮るためにコスプレをしたような、お上りさん的な印象すら追加されてしまう。
「……一応もう一度確認するんですけど、皆さんの覚えてる最後の日付は**月**日で間違いないんですよね?」
雄一郎がジェットと健太以外に尋ねる。
ぐるりと焚火を囲む面々は一斉に頷く。
ちなみにこの輪の中にジェットはいない。またしても一人で食料を持ってポンコツトラックへと戻っていったのだ。流石にこの状況下で彼女を輪の中に戻すようなことは難しい。
当初の予定のジェットの警戒心を解きほぐす、そしてコロニー「オレンジ」での情報収集。
その両方ともが未達となってしまったということで、仕事を任された雄一郎としては若干の祥子たちに対する心苦しさがある。
「というか、私たちとしては今日が**月**日。あー、でも日が変わってその翌日? そんな感覚なんだけど」
こちらはごてごてとした濃紺の戦闘服の上にメカニカルなボディアーマーを装着した女性。地面の上に直に座った横にはボディアーマーと同じ意匠をもったヘルメットと、どう考えてもオーバーテクノロジーな近未来的なデザインのレーザーライフルが転がっている。
自分で南方詩音と名乗った二十代半ばのすらりとした体つきの鼻筋の通った透明感のある風貌。
この世界の主体である「ワールド・エンド3」の設定ではごくごく近しい近未来が核戦争で滅んで~、ということになっており、そんな科学技術の進んだレーザー武器は導入されていなかった。将来的なアップデートではどうするつもりだったかは不明だが、雄一郎の知る限りこのクソ世界に拉致されるまでにそれが実装されたという情報は無い。
だというのに詩音は「ルナリアンズ」というFPS系のゲームの装備をこの世界に持ち込んで、その雄一郎の認識を吹っ飛ばした。
未来での月面コロニー間で勃発した戦争を題材とした近未来型FPSで、ファンも数多い有名タイトルのはずだ。それがこのポストアポカリプス的世界観の中に現れると木下の「輝きの剣Ⅳ」の勇者装備と同じくらいの違和感が漂ってくる。
「君らの言うステータス画面、だったか。確かに見えはするんだが、どうも壊れてるのか、文字化けしてまるで見えないしな。クエストリスト、とかいう項目だけは辛うじて、という所か」
何もないところを見ているような素振りをした筋骨隆々のスーツ姿の男がそうつぶやく。恐らくは自分のステータスの画面を確認しているのだろうが、彼を含め全員がその状況だった。
他人である雄一郎にはわからないが、先ほど“飛ばされて来たばかり”の四人全員がその画面表示がバグっている状態らしい。
「できるならそのスキルなどの情報も知りたいんだがな」
ぐっ、と考える人のポーズで悩む彼は姉崎敏郎。
その筋肉に会わないかちっ、としたスーツ姿はアイドル育成系アドベンチャー「育てよ!スター・スター・スタート」の主人公であるプロデューサーの格好だった。
確かアニメ化されて、その声優ユニットが一躍有名になったというニュースを見た記憶がある
「まあ、そういうのは落ち着いてからの方が良いと思いますよ。とにかくまず固くて粗末だと散々教えてもらいましたが、ベッドのある拠点、でしたっけ。僕はそこで横になりたいです。固い地面の上よりはマシでしょうし」
体育座りで焚火を見つめている少年、御沢亘が独り言のようにぽつりとつぶやいた。
その横にはアミューズメントパークにあるような原色を多用した何のためにあるのか分からないパーツがごてごてと付いたコミカルなカラーリングの車が置いてある。
大きさでいえば軽自動車ほどの大きさだというのに、まさかの一人乗り。
そして彼の恰好は、それとペアになっているような派手な色合い。ぶかぶかのズボンにぶかぶかの靴、そして大きすぎるほどの帽子。邪魔になっているのだろうが体育座りの彼の横には脱ぎ捨てられた大きなサイズのグローブもある。
雄一郎も好きだった大人気のカーレーシングゲーム「ブットビカート」のライバルキャラクターの専用車両とそのコスプレに見える。
「まあ、一種のキャンプと思えば楽しいんでしょうけど。それはそのキャンプが終わる目途があるからですからねぇ。お話を聞く限り、なかなか大変そうな状況になってしまってますから」
焚火に新しい薪をくべて木下がそうつぶやく。
「はぁ。困りましたねぇ。明日、出張の会議資料をまとめて上司に報告する予定だったんですが。実はとっくに三カ月も経ってしまったとは。会議をバックレたどころか、無断欠勤ですよ。残ってた年休で穴埋めしようにも足りないなぁ。これだとクビにされてしまいますよ」
「いや、こんな大事件なんですからそこは何らかのフォローがあるんじゃないですか? どっちかというと俺たち大掛かりな拉致犯罪に巻き込まれたんでしょ?」
健太が言うと木下が相も変わらずにこやかに答えてくる。
「そうですねぇ。まあ、それもこれも無事みんなで元の生活に帰還出来てからのお話ですから」
どことなく場の雰囲気を和らげてくれる不思議な男である。
頼りなさそうな印象をしてはいるが、この場の年長者としてきちんと皆に気を配っていた。
いまの仕事の話にしても皆を和ませるために少し自分をダシにしたのだろう。
「しかし、ゲーム世界、ねえ」
詩音が自分の愛銃、「ルナリアンズ」のレア装備である「ダスク」を抱き寄せて肩に担ぐと、ヘルメットを被る。
とんっ、と地面を蹴ると力も入れていないように見えたが、そのまま廃ガレージの上の崩れた屋上に着地する。
そしてそのまま「ダスク」を錆の浮いた鉄柵に置き、立位のまま構えると同時に引き金を引く。
ギャンッ!
深紅の一筋のレーザーが「ダスク」の銃口から一直線に放たれ、遠くへと消えていく。しばらくヘルメットの側面に手をやってそのレーザーの放たれた方向を見ていたが、屋上から飛び降りて、詩音が戻ってくる。
「あー。モンスター、っすか?」
健太がためらいがちに尋ねる。
「まーね。大体ここから六百ほど先、ピンでうろついてた感じね。こっちにふらふらと動いてきてたし。周辺に連携するヤツもいなかったから。先に排除しておいた方が良いでしょ?」
「あ、ありがとうございます」
いちおうこの場の周辺警戒をしているはずの健太よりも早く敵モンスターの接近を確認し、排除出来ている。むしろ彼女の方が有用ですらある。
詩音のベースは若干スナイパーをかじったフォワードセッティング、とは言われていたがこれでは健太のやることがない。若干、で六百の距離をワンショット。AIサポートの恩恵とはいえ、尋常ではない。
あのヘルメットの内部AIが周辺の敵情報を分析、問題がありそうなら報告してくれるという至れり尽くせりのアイテムだそうだ。
雄一郎たちの「マップ」表示で確認できる敵の索敵範囲を超えての情報収集はもう、ゲームのカテゴリが違うというだけでなく、若干のチートじみたものすら感じる。
「ま、これだとドロップアイテムだっけ? そこら辺が回収できないってのは問題かな。それなりに頑張れば『ポテチ』とか『チョコ』くらいは出てくるんでしょ?」
「ええ、確率なので狙ってこれが欲しい、ってのは難しいんですけどね」
「そっか、じゃあ延々とこういうご飯だけ、っていうのは避けられるわけね」
こん、と詩音が元の席に戻りヘルメットを脱ぐと、空になった器を指ではじく。
焚火に掛けられた鍋には「食料」のアイテムから「ジャガイモ」と「トマト」、そして「水」、最後に塩気として「ポテチ:コンソメ」を入れて煮込んだスープの残りがある。
それを人数で分けたものを皆で夕食にとなったが、雄一郎たちも最初顔を顰めた味の薄い野菜そのもののスープは、皆が大人の対応をしてなんとか飲み込んでいただいた。
まあ、ようやく慣れてきた雄一郎たちにとってもあまり美味いとは言えないそれは、実時間で昨日まで飽食の日本で暮らしていた皆からすればかなりげんなりする味だったに違いない。
「まあ、『缶詰』系とかも確認してますし。ただ、うちのコロニーのメイン食材は『ジャガイモ』と『トマト』です。バリエーションは期待しないでくださいよ」
「そこは文句言ってもどうにもならないじゃない? どうにか折り合いは付けていくわ」
雄一郎はそこで聞いてみる。
「あの……。例えばウチじゃない、もっと大きなコロニーだともう少し食糧事情はマシだと思うんです。攻略組の方だともっと生産系ユニットも手に入れてると思いますし。回収できるアイテム類はウチでは出てこないものもあります。本当にそっちに行かなくてもいいんですか?」
ファーストコンタクト時にその辺りは皆に確認したのである。
明らかに問題がありそうなこの者たちをアキカンヒロイに連れて行って大丈夫なのだろうか、という心配もあったからだ。
だが、一通りを聞いたところで木下はその場の皆と相談したい、と三十分ほど雄一郎たちと離れて打ち合わせ。
雄一郎たちは恐らくここで彼らとは別れるか、一時的にアキカンヒロイに身を寄せた後はすぐ別のコロニーへと移っていくのだろうな、と思っていたのだ。
だが、戻ってきた彼らの一先ずの結論は「アキカンヒロイの生存戦略の主旨にこの場の皆の総意が近い。将来的に意見が分かれるかもしれないが、アキカンヒロイで当面は生活をすることとしたい。ついては一緒に連れて行ってくないか」というものだ。
ぶっちゃけるとこれだけのチート連中ならばワールド・クエストの進捗に大きな貢献をしてくれそうな気がしている。いや、今現在のトッププレイヤーの連中どもよりもっとだ。
他力本願極まりないが、できる事が多い者がどんどんとクエストを進めてもらえる方が、こちらとしてはありがたくもある。
「あー。それに関してはですね。ちょっと皆で思う所がありまして。積極的な攻略よりも、むしろ停滞してでもまずは盤石な足元を固めるべきというのが今の我々の総意でして」
「はぁ……」
雄一郎にはそこがわからない。
より良い生活を送りたいなら、アキカンヒロイなんていう泥船に身を寄せるのは下策だと思うからだ。
「まあ、その辺りのお話は腰を落ち着けてからにしましょう。我々も急な状況に頭がついていけていないですし、そちらもあまり気を休めないでしょうから。とりあえず休める方は休みましょう」
木下はそういって自分の「ナップザック」から、ぬるり、と何枚かの布を取り出す。
あれは所謂アイテムボックスとか共有アイテム枠の収納システムなのだろう。
物を大量に抱え込むとペナルティを受ける雄一郎たちからすれば喉から手が出るほどの有用品。
「では、『毛皮マント』です。これにでもくるまって今日のところは休みましょう。ああ、大丈夫、これはあと九十個以上入ってますからどうぞご自由にお使いください」
受け取った「毛皮マント」は、ふかふかとしてとても柔らかく、そして「ナップザック」から出したばかりというのに、何故か太陽で日干しした良いにおいがする。
それを顔に押し付け、どうやらアイテムのカウントマックスは九十九になっているようだ、ということだけは雄一郎の脳裏に刻まれた。
最後に木下がジェットの分を持って行ってくれと詩音に頼んでいた。
まあ、取り敢えずは帰還する。
その後にどうするかは自分ではなく、祥子や羽田に任せてしまおう。
所詮、自分はお使い一つもクリアできないような、そういう人間なのだから。