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祥子は数日の間、警戒を強めつつ周辺の物資回収の捜索を一時縮小することを決定する。
結局のところ、その間にはモンスターたちとの接触は最低限で、時折遭遇することはあってもごく少数の“はぐれ”に近いものだけだった。
そこで、これからの活動をどうしていくかの話し合いが行われることになったわけで。
弱小コロニー「アキカンヒロイ」内の広場で周辺の警備をしている人間以外がほとんど集まっていた。
真ん中にはドラム缶に廃材を突っ込んで火をつけた照明がデデンと置かれている。
その最前列に座るのはこのコロニー内でのある程度の発言力のある人間たちである。
そこでまず最初に、ヘルメットを地面に置いて胡坐を掻いている、物資調達チームのまとめ役をしている羽田が口火を切った。
「……正直、段階的にでも捜索活動を元に戻していくべきだと思う。数日間の警戒を上げた分、通常と同時間の活動をしていてもアガリが少なくなっているからな」
羽田の意見に賛同する声が続く。そのメンバーは物資調達班が多い。他にも食糧生産に従事している人間もちらほら。
「アガリ、という言い方は何ですが言わんとしてるところは分かります。分かりますが、もう少し様子を見るというのは難しいですか?」
祥子が羽田達に問う。
とはいえ、彼女もそれが現実的でないことは重々承知だ。
「現状のままだとあと三日ほどで水はともかく、食料の備蓄が縮小前の三割を切る予定です。元の備蓄量まで戻すには、多分一月くらいは必要になるかも……」
備蓄管理をしている者が状況を報告する。
この「アキカンヒロイ」の一番のネックが何かといえば、食料をコロニー単独で補えないということに尽きる。
食糧生産のできるファママのプレイヤーの努力はあっても、初期から毛の生えた程度の段階では収穫量も少なく、アンロックできる作物も少ない。
自然と、その不足分を羽田達の物資調達班が補い、場合によっては衛生用品であるアイテムも回収してこなくてはならない。
完全な狩猟生活からは脱しきれないが、基盤として食糧生産を行うことが始まったというステージ。
いうなれば農耕技術が始まったばかりの弥生時代初期のような感覚だろうか。
「俺たちは祥子さんの意見を重視している。そこは忘れないでほしい。この警戒態勢を取っている理由も十分に理解している。当たり前だが、死にたくはない。そこに関しては全員一致の大前提。その上での提案なんだ。祥子さんが思うモンスターどもが連携し始めているという直近のリスク、そして俺たちの少しでも食料や必需品を回収しておかなければ物資が枯渇するかもという、それよりは少し先のリスク。これを天秤にかけて、判断をしてほしいんだ」
「……」
祥子だけでなく、皆が羽田の言葉に静寂を作り出す。
難しい問題であるのは確か。
仮に物資回収を再開して、運悪くそのメンバーが脱落すれば当然先行きは暗くなる。
だが、一切活動しなければ食い物は減っていくし、バリエーションもさほどないことでコロニー内の不満も高まる事だろう。
食料として「コンビニキング」シリーズ内の「おにぎり」「ポテチ」類は雄一郎たちでもどうにか倒せるクラスのモンスターからでもドロップすることがある。
塩気のきいたそれらは、やはり荒みがちなコロニー内の精神面での安定にも一役買う。
元の世界の味を味わうことでどうにか踏みとどまる人間もいるのだ。
体の調子を崩すものには衛生用品の「汚れた包帯」「兵糧丸」、あとは読んで字のまま「ポーション」類が必要である。
医療設備すらない「アキカンヒロイ」のコロニーでは体調不良が即、死活問題になりうるのだ。
さらに付け加えるなら、あまりやりたくはないがモンスターの間引きという側面もある。
敵の数は減らしておくに越したことはない。
そんな中で、手を挙げた者がいた。
「あの、一つ報告が」
「なんだ、勝之」
手を挙げたのは農業シミュレーションゲーム「ファーマーファーマー」を主にしているプレイヤー、勝之であった。
皆が鎮まる中で、隣の備蓄担当と話をしていたはずだ。
「一応ほんの少しだけ食糧生産について日産数、少し改善出来ています。先日手に入れた『イケメンカカシ』の効果が大きいんですけど、多分三割を切るのはもう少し先にできそうです」
「ほぅ……。この会合の中で一番いい情報じゃないか!」
羽田も健太も雄一郎も、そしてその場の皆にほんの少し笑顔が浮かぶ。
中にはパチパチと手を叩く者もいた。
「で、でも多分それでもほんの少しです。さっき備蓄量と確認してみたんですが、それでも三日が一週間になるくらいです」
「四日も伸びるんならそれは誇って良い事だって! 勝之、グッジョブ。グッジョブだって!」
健太が謙遜する勝之の背をバンバンと叩いている。
それに皆もうんうんと頷いている。
「……余裕ができた。でもラインが引かれているのは変わらない、か。……羽田さん、例えばですが」
「はい」
祥子が羽田に提案する。
「今、当初の予定よりも多少の余裕。とは言っても四日分ですが。それができたのは大きい。これを使って、警戒態勢の維持を継続してほしいんです」
「ですが……」
反論しようとした羽田を祥子が手で遮る。
「わかっています。ただの先延ばしだということは。ですのでこの余剰物資を使ってほかのコロニーに情報収集に行けるメンバーを選出してもらいたい、というのが私の提案なんです」
「ほう」
少し踏み込んだ形の意見である。
「警戒ラインは今と同じ引いた状態であれば、余剰メンバーで一班、三名ほどで他コロニーへの情報収集をお願いしたい。もし他のコロニーでもモンスターの分布が変わっているのであれば警戒の必要がありますし、そうでなければ我々からの注意喚起をそこへとできます。どこかが崩れて難民が、なんていうのは我々には余裕が無いですから」
「……ある程度の他コロニーの発展状況を確認したいのもありますね。回復系のアイテムの生産ができるようになっている、将来的にな勝之君の作った食料系にもっと余裕ができればその買い取りの可否、あとは武器の購入などもですが」
「我々が手を付けれない分野が得意なコロニーを調べるのも有用でしょう。上手く立ち回るためにも情報が欲しい」
こんな零細コロニーにはそんなに情報も入っては来ない。
クエストボードなどの情報で得られるものより、やはり実地での情報収集の方が価値がある。
「警戒態勢の維持はその情報収集班の帰還まで、若しくは食糧備蓄が警戒前の三割を切ったタイミング、ということでは」
「……妥当なところだと思います」
羽田が頷く。
表情が硬いのは、すでに誰を情報収集に他コロニーへと派遣しようかと思っているからだろう。
羽田に同調していた者も、祥子の提案には賛成となった。
「皆、賛成のようだし……では、早い方が良い。今日中に派遣チームを選抜、明日の朝イチで出発してもらえるように準備します」
「よろしくお願いします」
羽田の言葉に祥子が追認をする。
頭を下げた祥子に羽田がこちらも頭を下げて、その場は閉会となった。
「……という茶番の結果として、行ってきてくれ」
目の前で身も蓋もないことを言われると、流石にげんなりとする。
雄一郎の前には羽田と祥子、そして派遣チーム結成のきっかけとなる発言をした勝之がいる。
「要するにマッチポンプだったってことでしょ? ま、なんとなくわかってましたけど」
割り当てられた部屋に来た三人を迎え入れて、雄一郎が言う。
雄一郎の二人部屋の相方である健太も同じような表情で苦笑していた。
彼もまた派遣チームの一員ということだ。
「そりゃそうだろ。こんな小さなコロニーで万が一にも真っ二つに意見が割れてみろ。あっという間にみんな墓石の下に直行だぞ」
「勝之君から報告を受けたところで、一応方針は決まったからね。後で問題ないようにみんなで話し合って決めた“体”は取ったけど。でもみんなからも反対意見は出なかったから、まあみんなも妥当なところと思ってるんじゃない?」
「第一、皆も羽田さんと祥子さんが仲たがいするとは思ってないだろうし。ほとんど決まってるんだろうなって内心では思ってたでしょ、雄一郎さんも」
思い切り三者から内情を暴露されてもさほどおかしなことではないと思っている。
結局のところ、アキカンヒロイのメンバーのほとんどが現状より悪くならないことを望んで、自発的な意見を放棄している者が多い。
誰かが決めてくれるなら、それにしたがうという一番安直なスタンスだ。
「それでこんな夜にネタバラシも兼ねてきたってことですか?」
「まあな。ウチでまともに他のコロニーへ行って、話をつけてこれる人間は君以外にはいなさそうだからな。順当な選択だと思ってくれ」
「消去法に聞こえますよ、それ」
苦笑気味の雄一郎に羽田が一瞬笑い、そして顔を真剣なモノへと変える。
「消去法にならざるを得ん、ということもわかるだろう?」
「……でしょうね。やっぱまずそうですか」
雄一郎の言葉に頷く。
「厭生感、までは行かずとも言動の節々に投げやりな物が見える人間が増えている。先行きが見えない分、これについてはどうにもならん。ある程度だましだまし、という方法を取ろうにも皆がステータスからクエストの進捗率を見えるのでは、な」
「ごまかすことすらできない、ですか」
「完全に今の状況をパーセンテージで表示されてしまうから……。私たちが見ないで、といえば逆に不信感を煽るだけよ。現状維持に努めるにもそのための希望がいるわ。しかも周りのモンスターのリスポーンも不可解。ちょっと前向きな何かは必要だわ」
「わかりました。俺と健太以外は誰が?」
ぼりぼりと頭をかいて承諾する。
「……ジェットちゃん」
「マジで?」
祥子が答えた内容に全力で嫌そうな顔をする雄一郎、そして健太。
これについては健太も聞かされていなかったのだ。
「あいつ、くるって言ってるんですか?」
「こっちからお願いしたの。嫌々なんだけど了承は得たわ」
「……なるほど、消去法っすね」
どさん、と健太が行儀悪く自分のベッドに倒れこんだのを誰も注意しようとはしなかった。
それがジェットと呼ばれた人物の評価ということだった。