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いろいろ整理してるときに出てきたので。

当然次回の更新は未定でございます。

 周りに誰もいないことを確認すると、雄一郎は大きく地面に穿たれた大穴に体を滑り込ませる。

 アスファルトが砕け、人ひとりが通り抜けれる程度の大きさの穴である。

 その穴自体も、破れかけたブルーシートで簡単に覆われ、その近くの木の枝や草をかぶせて一見すると穴があるようには見えないように偽装してあった。

 自分を穴の中に滑らせると、今度は穴を元のように偽装する。すこし手間取ったが、納得のいく程度にはなったのだろう。軽くうなずくと、その先に足を進めた。

 穴から地下に降り、そこを歩く。

 天井に当たる部分は所々崩落しており、地下ではあるが、歩くのに問題がない程度の光は入ってきている。

 その薄暗い道を見るに、元々は下水やそれに類するものを流すための水道であったのだろう。等間隔で真上に向かう鉄の梯子が壁に埋め込まれている。その梯子の上を見れば、マンホールが嵌っていた。


「しかし、こんな近くで5匹もゴブリンがいた。やっぱ、拠点を探してるってことだよな……」


 角を曲がるたび、念のため後ろを振り返る。

 こんなご時世になってしまった以上、そういった危機管理は当然といえた。

 ちょろちょろと排水路を流れる水は、その本来の目的が達成されることがなくなっているからだろう。傍目から見てもかなりの透明度を誇っている。


「くそ、これじゃあ何の役にも立ってないぞ。しかし、襲われたって報告はしないといけないしなぁ」


 自身の腰にあるカバンにあるのは本日の戦果。『汚れた包帯』×3。

 薬系統の最下級アイテムである。

 現実にゲームを2対8くらいの割合でミキシングしたような現在の状況では、珍しくもないありふれたものである。

 実際、拠点に設置してある「タンス」には同様のものが2桁後半近く保管されている。

 拠点外部に出ている物資調達の有志各員のここ2週間の成果であった。

 カバンにはそれ以外に、『ポテチ‐のりしお』×2と『桃缶』×1。それに『マジックポーション』×1が入っている、と網膜の端っこに表示されている。


「うう……。帰りづらい……。今回、実入り少なかったな」


 シュン、と肩を落とす。だが、これは皆で決めたことだ。

 襲撃を受けたなら、どんなに大丈夫な状態であったとしても、細心の注意を払って戻る。

 最初にこの案が出たときには、有志のほとんどが反対した。

 それでは、ジリ貧だ、無理をしてでないと手に入らないものもある、と。

 それでも、彼女は断固としてこの案を譲らなかった。

 死んでしまっては無意味だ、奇麗事で死なれるのは無責任だ、と。


「あの人の言うことが正解だった、わなぁ……」


 雄一郎はため息と共に独白する。彼は有志一同の中で反対派に属していた。

 勢いもあった。正直自分の若さを、若さから発揮される“全能感”に酔っていたのも事実だ。

 だが、実際にその場に立ってこそわかることもある。

 怖かった。ただただ怖かった。

 死にたくない、と本気で思ったのだ。


「そう簡単に命なんて投げ出せないよ、そりゃあさあ」


 最初、意気込んでいたほかのメンバーも何度目かの探索で襲撃を受けている。

 そして、皆が思ったのだ。

 あの人が言ってくれて、“逃げ帰るための言い訳”があってくれてよかった、と。

 あの一言が有ることで、何も考えず逃げることが出来る。

 最悪、あの人が言ってくれた“逃げ道”が有る。それだけでどれだけの心の余裕が生まれるのかということが、経験としてわからなかったのだ。

 今では、皆が言葉にしないものも含め、彼女の提案に感謝しているのが実情である。


「お、着いた、着いた」


 拠点に繋がるマンホールが見えてくる。

 その下にはぶら下げられた木の板と木槌が括りつけられている。これを叩くことでマンホールの蓋をずらしてもらうわけだ。

 カバンの軽さに申し訳なさを感じる一方で、ゆっくりと安心感が体中に広がってくるのをとめることは出来なかった。





「ただいま……」


 マンホールから頭を出す。

 雄一郎の顔が出た瞬間、ぬっ、と先の尖った鉄パイプが突き出される。


「あ、お帰りなさい」


 雄一郎の顔を確認すると、鉄パイプの持ち主はゆっくりとそれを引く。

 鉄パイプの持ち主は、ゴーグルをあげその顔を露にする。


「ああ、ただいま。この時間に帰るはずじゃなかったからな。瞬、ごくろうさん」

「へへへ、でも実は帰ってきてるのは雄一郎さんで3人目なんですよ。だから、皆ぴりぴりしてるんです。だから、ほら」


 瞬と呼ばれた少年は、マンホールから上がってくる雄一郎の手を掴むとそのまま引き上げる。体重は70キロを超える雄一郎を軽々と瞬はマンホールから引き抜く。

 彼の指差した先にはマンホールの穴に向かい照準を向けた射手が見える。

 一人は和弓をもち、もう一人は削りだしたかのような木製の弓である。さらには同じようにパイプ槍を構えたものが一人。

 警戒していることがありありとわかる。


「もしかして、結構ヤバイ感じか?」

「ですね……。羽田さんたちが祥子さんところに行ってます。雄一郎さんも行った方がいいと思いますよ」

「わかった、これ頼めるか?」


 雄一郎はカバンを瞬に託すと、目の前の建物に歩を進めた。





「そうですか……。ゴブリンと餓鬼、腐れ犬が組んでいたと」

「ああ、確実にこの辺りにターゲットを絞って俺たちを探してるんだろう。あいつらは頭は悪いが俺たちを敵と看做してる。馬鹿同士が取り合えずで組んでるんだろうさ」


 コンコン


 ドアのノックがなる。


「はい」

「失礼します」


 ドアを開けると、そこにはソファーが並んでいる。どの品も革張りで非常に高そうなものであるが、そこに座る人物たちの格好がそぐわない。


「おう、お前も帰ってきたのか?」


 手を上げてきたのは、40過ぎの鎧姿の男だった。

 なにを言っているのかわからないだろうが、彼のぱっと見を分かり易く説明するならば足軽の軽装鎧で、足元は草鞋を履いていた。それでいて、その前のデスクに置かれているのは黄色の防災用ヘルメットである。

 そこにきて、立てかけられているのは金属バット。

 正直な話、イカれたコスプレのオッサンがいるのである。


「羽田さん、ただいまです。あと健太、祥子さん」


 雄一郎が呼びかけた鎧男が羽田である。

 とすると、消去法でぐったりとソファーに腰掛けているのが健太。奥のモニタの前で書き物をしているのが祥子となるわけだ。


「雄一郎、お帰り……」

「お帰りなさい……」


 二人ともその声には力が入っていない。


「……やばいんですか?」


 単刀直入にそう尋ねてみる。この方が早いはずだ。


「とりあえず皆が集まってから、と思っているんだけどね」


 力なく笑う祥子は、雄一郎にソファに座るように促す。

 その手には今迄書き記したものがある。

 化粧化のない彼女は70を過ぎているとの話だが、この一団を纏め上げている。

 以前は地方のTV局でアナウンサーとして定年まで勤め上げ、その後は全国を講演するというなかなかすごい経歴を持っていた。

 実際雄一郎もガキの時分には何度か彼女の姿をモニタ越しに見た記憶がある。

 あの“襲われたら一目散に逃げろ”という生命線の発案者でもある。


「一応、皆から聞いた内容を書きだしてみたんだけど、あなたも見てみて」


 手渡されたルーズリーフに書き込まれた内容を確認する。


「結構ぽつぽつと遭遇例が増えてますね。マズイ感じってとこですか」

「そういう事だ。お前が帰って来たってことは、何かと遭ってるからここにいるんだろ?」


 羽田が黄色のメットに薄く付いた汚れを指でぐいぐいとこすりながら雄一郎に話しかける。

 手持無沙汰なのだろう。


「ゴブリンに鉢合わせたもんで全力でバックれる気だったんですが……。逃げた先が袋小路で……。倒せたんで良かったですけど、やっぱ怖かったんすよね」

「そうか……。俺の方は腐れ犬だった。んで、健太はゴブリンと餓鬼のコンビだそうだ」


 うわぁと思うと同時に健太を見る。

 どさりと沈み込んだ彼は疲れ果てているようで上体を上げようとすらしない。


「奴らねちっこく攻めてきやがって、せっかく回収したもの全捨てになりましたよぉ。泣くかと思いましたもん」

「俺の方もろくな物は手に入ってないです。最下級の回復アイテムだけです」

「俺は『ツナ缶』3つだ」

「俺の方は『兵糧丸』4つと回収してきた『ポテチ‐のりしお』が5つ。ホントはあと15ほどは有ったんですけど……」

「重量オーバーか?」

「うす。途中までは移動ペナ覚悟で帰って来たんですけど、見つかっちまったとこであきらめました」


 ペナルティ。

 この世界でのくそったれな『ルール』の一つだ。

 いろいろな物があるが、今回の重量オーバーはその『ルール』に縛られた罰則の一つで、アイテムはその性質による分類がされている。

 そのうち「武具」「回復」「食料」「雑貨」「ジャンク」などといった具合に細分化された中で、「食料」の所有制限は単位数で10までとなる。

 それ以上を持ち歩くと、ペナルティとして動きに制限がかかるのだ。

 現実世界でごみ袋にポテチを20袋放り込んで抱えたところで然程動きに制限などかかることは無いというのに。

「食料」扱いになる『ポテチ‐のりしお』を抱えたままでは戦闘も逃走もままならなかったわけで、健太の判断は正しかったといえる。


「食料担当として、申し訳ないっす。ギリギリっすよね、備蓄って」

「まあ、あまり余裕はなくなってきているわね。特に甘味系の食料アイテムは底をつきそうだし。畑からの供給だけで数は確保できないから」

「日産のアベレージで『トマト』が5、『ジャガ芋』3というところだ。ただ、デイリークエストで生産補助用の設備が一つ手に入ったという報告がある。いい話題ってのはこれくらいか」

「ほかのコロニーでデイリークエストクリアできてるのってどん位なんですかね?」

「判らんよ。ただ、数は少ないだろう。ファーマーファーマーのプレイヤーは元々少ないはずだからな」

「箱庭系ではそこまでハネたソフトじゃなかったですから。最初に配られる初期苗だけではどうにもね。第一ここまで痩せた土地で真っ当に育っているのが奇跡っちゃ奇跡っすよ」


 健太が元も子もない発言をする。


「だよねー」


 雨漏りの跡がわかる天井を見上げて嘆息。

 食糧事情の悪化は生存確率の低下に直結する。

 こんな訳の分からないゲームの融合した世界だというのに、腹は減る。喉は渇く。寝ないと倒れる。怪我はするし、血は流れて。

 そしてその結果、死ぬ。

 その点でここはゲームではない。現実なのだという不条理。


「勝之くんですか? クエストクリアしたってのは」

「ああ。『トマト』『タマネギ』『ジャガ芋』を同日に計20収穫。今日に収穫を調整して『トマト』『ジャガ芋』の二つでどうにかクリアした。これで常設系設備『イケメンカカシ』が使えるようになる。成長時のロスト確率10%低下と成長速度20%アップはデカイ。元々の『ヘノヘノカカシ』と併設できるから、これで少しだけだがファママ系の食糧生産は改善するはずだ。デイリーで二つ目の『穴あきジョウロ』が手に入った。これを利用した水源の確保を計画中だ。」

「ほんの少しですが『穴あきジョウロ』で汚染度無しの水が手に入るって話です。マジで感謝っすよ。こっちに勝之がいなかったら食料関係の不足で詰んでたかもしんないですし」


 健太が手を合わせて拝むようにしている。

 この場にいない勝之というのはワールドエンド3と同じパブリッシャーの箱庭系農業シミュレーションゲーム「ファーマーファーマー」、通称ファママのプレイヤーだ。

 とはいえ、彼もそこまでのヘビーユーザーというわけではなく、セールの際に割引率が高かったのでついでに購入して少しプレイしたくらい、という初心者である。

 この世界の成り立ちがどうなっているのかは完全にはわからないが、ここに飛ばされて以降、多少の状況についての考察は進んでいる。

 そのうちの一つに、この世界のベースとなっているのはポストアポカリプスの「ワールドエンド3」である。これは間違いはないと思われる。

 次に、「ワールドエンド3」と同じ開発会社、パブリッシャーの作品群の設定が複雑にブッ込まれてごちゃ混ぜになった、という乱暴な状況らしい。

 確認できるだけでポストアポカリプス系「ワールドエンド3」、前述の「ファママ」。そして羽田の装備していた足軽鎧、マンホールの警備の持つ和弓がある和風アクションRPG「戦国一閃」、コンビニ経営をする「君はコンビニキング」、あとは洋風RPG系の単独タイトルが続く。

 しかもシリーズものはナンバリングタイトル、外伝等も網羅されたフルブッ込みらしく全容を完全に理解している人間は恐らくいないだろうということだった。

 各々のゲーム筐体内に残るセーブデータを参照して反映されたようで、どのゲームのデータが自身に反映されるかはランダム。

 勝之がファママのデータを引き当てたのは運でしかなかったわけだ。


「ファママ系で育て始めた人がこれでどうにか形になればいいんだけど……」

「最初はガンガン枯れてたからなぁ」


 とはいえ多くの“巻き込まれ”プレイヤーはどうなったのかということがある。

 彼らはほぼ「ワールドエンド3」の新規プレイヤーとして登録。スキル構成ステ振りもランダムで割り当てられている。

 それでは救いがない、というわけでも無い。

 意図的な物か偶然かはわからないが、前述の各種ゲームタイトルの新規プレイヤーとしての再登録が可能だった。

 もともと「ワールドエンド3」のプレイヤーの中にも争いごとを不得手としてゲームチェンジした人間も多かった。

 ゲームで育てていたキャラクターのアイテムやスキルなどのうち、初期設定以外については“実績開放”が必要だったことで現実的に戦えないとあきらめてしまったわけである。

 これに関しては彼らを攻めるわけにもいかない。

 極論、命がけで戦って来いと同義であるのだから。

 ある程度の覚悟がなければそんな戦闘行為など普通の人間には出来ない。実際に死亡したあとの人間を皆が見ている。

 あれは、ゲームではない、リアルだと断言できるほどに。

 雄一郎とて積極的に“実績開放”をしたわけではない。予期せぬ襲撃による致し方ない抵抗の結果として達成しただけ。

 いや、少なくともこのコロニー内にいる戦闘職についた者はそういった経緯でスキルを取得した人間しかいない。

 彼らにとって唯一の希望は現状の引き延ばし。

 それによって自分たちでない“誰か”になされることを願う“攻略実績”。つまりはワールドクエストの攻略だ。

 他者に依存し、その成果を享受する。

 それだけが雄一郎たちのコロニーグループ「アキカンヒロイ」のできる全てであった。


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