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五人めの少年

僕は退屈していた。

間接照明だけの薄暗い部屋のすみ、二人掛けのソファに一人腰をおろし、じっと空を見ていた。


 今日も忙しく、そしてなんてことのない一日が終わろうとしている。帰り道のファミレスで簡単な夕食をとり、レンタルビデオショップで新作の様子を眺め、コンビニで暇を潰して帰宅した。一杯くらい飲もうかとも考えたが、缶ビールを手にとってしばらく考え、けっきょくは棚に戻した。レジに立っていた店員の「ありがとうございました。」というそっけない声を背中に聞きながら、数分の距離を歩いて帰ってきた。荷物を置いて、しばらくぼーっとしていたのち、少しだけ熱めのシャワーを浴びて(どうやら人より1~2℃熱いほうが僕は好みだ)部屋着に着替え、ニュース番組に一通り目を通してテレビを消した。時計を見ると二十三時を少し過ぎたくらいだった。もう寝てしまってもよかったが、なんとなくそんな気分にもなれず、こうして一人、ソファの上でぼーっとしている。


「退屈だな・・・。」


誰に聞かれることもない、行き先のない手紙にもなれない、粗末な思いを呟く。特段すべきことがないということに、僕は退屈しているわけではなかった。退屈だということを言葉にしてみることで、その事実は輪郭を帯び、僕になにか確信を持たせる。


 小田急線沿線、新宿から十五分ほどの距離にある各駅停車しか止まらない駅、そこから歩いて五分の、一人暮らしにしてはやや広めな1LDKのマンション。家賃はけして安くはないが、それを支払ってもじゅうぶんな収入の仕事に就き、特段不自由のない社会人生活を送っている僕は、いま、行くあてのない気持ちを宙に浮かしたまま、静かに週末の入り口にある金曜日の夜のこの時間をのんびりと揺蕩っている。


 ふとダイニングテーブルに目をやると、一枚の葉書が目に付いた。そうだ、そういえばこんなものが届いてたんだったな。ソファから腰をあげ、葉書を手に取る。


-第35期卒業生 同窓会のご案内-


 いまどき同窓会の案内が葉書かよ。なんとなく鼻を鳴らしながら、あらためて書かれている内容を読み返す。開催日は今日からちょうど一ヶ月後の土曜日、場所は遠く離れた地元の、若い頃よく飲みに行っていた居酒屋だった。地元のやつらは相変わらずなんだろうなということが、中学を卒業して二十年たった今でも、あの頃の仲間と大人の入り口にたって、うまくもないお酒を飲んではしゃいでいたあの居酒屋が、同窓会の会場になっていることで予想されてしまう。


 いままでにも何度か、同じような会は開かれていた。が、僕は一度も参加したことはなかった。理由は単純で、毎日がそれなりに忙しく、仕事だなんだと過ごしていたら、地元に戻るのも億劫だったからだ。それにうまく言えないが、まだ戻るべきでは、旧友と顔を合わすべきではない、不思議なことだがそんな気持ちがずっと心のなかにあるからでもあった。でも僕は、今回の会には出席しようと思っていた。仕事はたしかに慣れるにはじゅうぶんな時間を経たし、余裕もできた。が、理由はそれではなかった。なんとなくだけど、"今回は参加しなければならない"気がしたからだ。


 葉書をテーブルのうえに戻し、部屋の電気を消して寝室へ向かう。予定のない週末は、スマートフォンの目覚ましの設定も切り、ゆっくりとふとんの柔らかさを味わう。この瞬間が僕は好きだ。目を閉じ、来月の同窓会のことを考えるともなく考えながら横になる。おぼろげな記憶のなかで、まだ十四歳だった頃の自分や、友達、思いを寄せていたあの子のこと、窓際の席から眺めたグラウンド、校庭の隅に揺れる樹木、夏のプールと鼻につく塩素の匂い、体育館と水飲み場、ひとつひとつゆっくりと丁寧に、湖の奥に沈んでいた記憶たちを、薄いフィルムのような紙を張った金魚すくいで、破れないようにすくいあげるように思いだしていく。そしてまた同時に、意識はゆっくりと湖の底に、潜るように眠りに落ちていく。


 思い出のなかにある中学校は、なぜかいつも初夏だ。四季様々な思い出と記憶はもちろんあるけれど、最初に思い出す風景はいつも初夏だった。きっと僕はあの時期を気にいっていたんだろう。夏服の袖を抜ける風と笑い声。掃除をさぼってはしゃぎあった校舎の裏手、怖い先生に見つかって、慌てて逃げたっけ。仲のよかった僕ら五人組は、いつも悪ふざけをしては笑いあっていたな。ああ、逃げ足が一番早かったのはあいつは陸上部で、たしか県大会までいったんだっけ。サッカー部だったあいつは、けっきょくJリーガーにはなれなかったな。いつも冗談ばかり言ってたあいつと僕は、バスケの合宿の夜にお互いの好きな子を教えあって、相談しあって、結局あいつの恋は実らずに、僕はと言えば思いを告げることすらできなくて、


 ・・・五人?


 いや待てよ、たしかに五人組だったよな・・・。あと一人は誰だ・・・。先生から逃げ遅れた僕の記憶には、確かに僕の前を走る四人の姿がある。おかしい、記憶のなかにはたしかにもう一人、思い出せない。どうしてもその顔や声、体格や仕草が思い出せない。


 眠りの底に、湖をゆっくりと沈みかけていた僕は、突然の疑問符によって水上に顔を出すことになっていた。ただきっと、いま忘れてしまっているもう一人の誰かなんだろう。なぜだろう、やけに心にひっかかりがあった。それが嫌なもの、なにか不吉なものなのかそれとも、取るに足らないことなのかうまく感じ取れないでいる。すでに明かりを落とした暗い部屋のベッドのなかで、僕は"些細なこと、だけども決定的ななにかである"ということを予感した。退屈な週末の入り口はまだ静かで、僕はじっと暗闇を見つめた。




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