かくも儚き人の質
人間性の豊かさの上限は学力に比例する。これが我が家の家訓だ。これによると、目の前で懇願するこの学のない農奴の女は、人間味の無い、冷血な人だということになる。
盗賊が現れて、娘が攫われたらしい。
見ず知らずの男にそれを頼むだろうか、普通。奇妙な出で立ちではあるが丸腰なのは一目瞭然のはずだ。
何か深い理由があるやも知れぬと思い、私は聞いた。ここには盗賊を取り締まる人はいないのか?
聞くに堪えない嗚咽のあと、女は、騎士はいるが動かないと答えた。
ふむ、と納得し、私はその理由が分かるか尋ねた。すると女は、今の領主は屑だから聞く耳持たないと喚いた。
それを聞いた私は呟く。なるほど、理由が分かるだけ考えはある、と。それならば何故、貴女は動こうとしない。
その問いに女は答えず、私に対して人でなしと叫ぶと走り去ろうとした。私はその腕を掴んで引き止める。
貴女は私に願うとき、聞く耳持たなかった私に対して何でもする、と言って引き止めた。それをここの騎士や領主に言うこともできたはずだ。そうせず、我が身可愛さに人の良さそうな旅人を使おうとするなど、人でなしは果たしてどちらだろうか。
そう言い放つと私は歩き去った。あとには泣き崩れる女の姿があった。
後日、ようやく重い腰を上げた騎士隊は盗賊の住処に突入した。しかしそこは既にもぬけの殻で、それなりに大きな盗賊団ではあったが、壁などの損傷から野生生物に襲われたものとして調査を打ち切った。近くには墓が連なっており、殺された人質を荼毘に付してくれたのでであろう旅人に、襲われた村々の人は感謝した。
数年後、新たな領主の代行として、身なりの良い女性が訪れた。まだ若く、おそらく領主の愛人だろうと村人は見当をつけ、日々の作業に戻った。
ただその女領主は、去り行く農奴を見て、母さん、と小さく呟いた。
それを聞いた者は誰もいなかった。
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