第4章 入蜀 3
荊州城に劉備軍からの伝令が届いた。孔明や義兄弟らが出迎えた。
「殿の軍は火矢の奇襲に合い、救陣が燃え落ち、先の戦いで深手を負い救陣にいた楊延将軍が死亡、将軍を助けようとした惠姫様が負傷、惠姫様を助け出した子龍将軍も負傷いたしました!」
伝令が告げると、一同に悲鳴のようなどよめきが広がった。
「殿の手紙を・・・」
孔明が手紙を受け取り、声に出して読み始めた。
『我が軍は火矢の奇襲に合い、救陣がたちまち炎に包まれた。それでもほとんどの負傷兵は助け出せたのだが、動けない楊延と、ともにいた惠姫が逃げ遅れた。私も誰もがもう二人はだめだと思ったが、子龍が炎に飛び込み、惠姫を助け出してくれた。楊延は・・・惠姫は楊延を連れて逃げようとしたのだが、楊延は動けない自分が足手まといになるからと、惠姫の目の前で喉を切って自害したのだ。あの炎では子龍がいなければ、惠姫も助からなかったであろう。私は子龍が血まみれの惠姫を連れて来たのを見て、惠姫が大怪我をしたのかと思ったが・・・それは楊延の返り血を浴びたものだった。結局惠姫は脱出の時に肩に火傷を負い、さらに右足をひどく痛めていた。惠姫を助け出した子龍は、両腕と背中に火傷を負った。だが惠姫は、自分は楊延を見殺しにした上子龍に火傷を負わせたからと、降格を申し出て聞かない。子龍は子龍で、惠姫に怪我をさせたからと降格を申し出るし、関平と馬謖は惠姫を守れなかったからと降格を申し出るし、すると惠姫は三人の降格は絶対やめて下さいと懇願するしで・・・私はほとほと困ってしまった。龐統に相談したところ、まず惠姫はあれだけの火事の中で、親衛隊に実に的確に指示を出した。おかげでほとんどのものは助かっている。それは軍功にも匹敵するみごとさであるとして降格は取りやめとし、子龍は自らも大火傷を負いながら、惠姫を救出したことで降格取りやめ、関平と馬謖は、指示したのは自分でも、実際そのとおりに動いて多くの兵を助け出した功績は彼らのものであると、惠姫が主張するので同じく降格取りやめとした。惠姫は三人の降格取りやめはもちろん喜んだものの、楊延をみすみす死なせた自分の降格は当然であると、あくまで主張して聞かなかった。だが龐統が三人の降格取り消しと、惠姫の降格取り消しは引き換え条件であると惠姫に言ったため、しぶしぶ納得して一応の落着となった。しかしその直後、楊延に自害されたことなどの心労が募ったためか、惠姫が口がきけなくなってしまった。私は惠姫を荊州に返そうと思ったのだが、惠姫が子龍の手当に責任があること、どちらにしろ不自由な足で敵の包囲を抜けるのはあまりにも大変であることなどを主張し、断固として帰りたがらないので、やむを得ずここに留らせている。火傷は幸いそれほど深くはなかったが・・・口がきけるようになるにはまだしばらくかかるらしい。子龍の火傷はもう少しひどいのだが、本人が大したことはないと言い張って働いてしまうので困っている。ここの城は一年たっても未だに落とすことができず、わが軍の勢力も限界に来ている。かねてより編成を命じていた援軍を、整い次第早急に出立させるように』
今までは荊州を守ることに重きを置いていた孔明だったが、荊州には関羽を残しついに自ら張飛と共に、援軍を率いて益州に行くことを決めた。かなりの悪運に見舞われたと思ったが、凶星の輝きはまだ衰えていなかったからだ。孔明と張飛は途中の敵軍をつぎつぎと破り、劉備のもとに駆けつけた。
援軍があと少しで劉備軍の本陣に着こうとしたとき、孔明は立ち寄るところがあるからと、一人先に馬を走らせた。孔明は目立たぬように陣の裏手から近づき、急ごしらえされた救陣に向かった。