婚約者にも姉妹にも両親にも愛されなかった悲運の侯爵令嬢、今日から〔殴る〕始めます。
「本当に気味が悪いわ」
その言葉は、毎日のようにお姉様が私へ向けて浴びせる言葉だった。
「どうしてあなたみたいな子が、私の妹なのかしら」
彼女は私の真っ白な髪の毛や紅い瞳を酷く蔑んだ目で見下ろしては、これ見よがしに「チッ」と舌打ちしてくる。
そんな血の繋がった実の姉に言葉をかけられる度に、私が返す言葉はいつもコレ。
「申し訳ありません、お姉様……」
ただ謝る。それだけ。
目を逸らし、少し頭を垂れて、謝罪の言葉を口にする。
私ことクロエ・レーヴェンソンは、レーヴェンソン侯爵家の次女として生まれた。
年齢は今年で十二歳。長女であるリサンドラ・レーヴェンソンお姉様は十八歳だから、少し歳の離れた姉妹だ。
レーヴェンソン侯爵家の血筋を継ぐ人間は先祖代々、金髪碧眼という特徴を持って生まれてくる。
リサンドラお姉様の金色の髪も美しく、よくお父様たちに褒められている。それにお姉様は容姿もお綺麗で、殿方たちからお声をかけられることも多い。
お姉様がそういうお方だから、「我が愛娘は国で一番の美婦だ」とお父様は常々自慢している。
逆に……私はお父様になにかを褒められたことなんて、一度もない。
レーヴェンソン侯爵家はお父様のボレアス、お母様のベルトヴィナ、お姉様のリサンドラ、そして私クロエの四人家族。
でもレーヴェンソン侯爵家の中で、私はいない者同然に扱われている。
何故なら、私は〝呪いの白〟の身体を持って生まれてきてしまったから。
私が住まうハーフレン王国には、とある伝承がある。
それは「白い髪、白い肌、そして紅い瞳を持った子供が生まれた家には、必ず〝不幸〟が訪れる」というモノ。
だからこの国の人々はその要素を持った人間を〝呪いの白〟と呼んで、忌み嫌っている。
白い髪と紅い瞳には呪われた力が宿っている――という迷信を信じているのだ。
勿論、貴族の人たちだってそう。
いいえ、貴族の人たちは特に顕著かもしれない。
彼らは自らの家柄に傷が付くのをなにより恐れているから。
だからお父様もお母様もお姉様も、私を嫌っている。
お腹を痛めて私を産んだお母様からも「お前なんて生まれてこなければよかった」と言われたことがある。
私は……家族の誰からも愛されてはいない。
家族の中に、私の居場所はない。
私は――この家族が嫌いだ。
でも我慢する。
どんなに忌み子だと蔑まれようとも、私にとっては唯一の家族だから。
本当はブンなぐ――オホンオホン、本当は大嫌いだけど、家族は大事にするものよね?
家族想いのいい子でいれば、これ以上は嫌われなくて済むもの。
うんうん、そうそう。
私ってばいい子いい子。
それにこんな生活がいつまでも続くワケじゃない。
私には婚約者様がいるから。
婚約者様のお名前はハルド・ヨハネス子爵。
ヨハネス子爵家の三男で、〝呪いの白〟である私との婚約を受け入れてくださったお方。
勿論、これが政略結婚だなんてことは、まだ十二歳の私にだってわかる。
だけど、それでも嬉しい。
こんな私を受け入れてくれるのだから。
レーヴェンソン侯爵家はハーフレン王国の中でも、侯爵家の中でも大きな権力を持つ家柄。
だからリサンドラお姉様には、あちこちの家から絶え間なく婚約のお誘いを受けている。
でも、私にはこれまで一度だって婚約のお誘いなんて来たことはなかった。
私を早く家から追い出したいお父様たちは、自発的に他家に声をかけていたけれど……首を縦に振る貴族家は中々現れなかった。
それはそう。私は〝呪いの白〟。
呪われた忌み子と結婚したがる殿方なんて、いるはずもない。
そう――思っていた。
でも、現れたのだ。
私を貰ってもいいと言ってくれる方が。
ハルド・ヨハネス子爵は、私との婚約を受け入れてくださった。
勿論これが政略結婚で、ヨハネス子爵家がレーヴェンソン侯爵家との繋がりを作るための口実として私を利用しようとしていることくらい、なんとなく理解している。
それでも私にとって、こんなに嬉しい報せは他になかった。
私は期待せずにはいられなかった。
婚約者様とちゃんと結婚して、新しい生活が始まれば、私の人生も変わるかもしれない。
そう思うと、家族からの冷たい仕打ちにだって耐えられた。
「――クロエ、お前とハルド・ヨハネス子爵の顔合わせの日が決まった」
ある日の夕食時、お父様がそう切り出す。
食事の席でお父様が私の名を呼ぶのは、とても珍しいことだ。
私はレーヴェンソン家の中でいない者として扱われているけれど、食事時は流石に呼んでもらえる。
もっとも、食事の時の家族の団欒に加えてもらえることはないけれど。
なんなら時々本当に忘れられて「旦那様方は既にお食事を終えられました」と使用人から聞かされる時もあったりするけれど。
「来週、デイモン公爵主催の舞踏会でお前たちを合わせる。いいな」
「かしこまりました、お父様」
食事の手を止めることなく淡々と話すお父様に対し、私も淡々と短く答える。
向こうはそれ以上私と会話する気などないだろうし、私だってそれは同じ。
「くれぐれも先方の迷惑にならぬように」
「はい」
「でも、せいせいしますわ。これでようやく厄介者が我が家からいなくなるのですから」
カチャカチャとナイフとフォークを動かしてお皿の上のお肉を切りながら、リサンドラお姉様が言う。
「その呪われた髪と瞳を見なくて済むというだけで、心が軽くなるわ」
「ええ、本当ね」
リサンドラお姉様に賛同して、ベルトヴィナお母様が言葉を繋げる。
「本当にハルド・ヨハネス子爵には感謝の言葉もありません。こんな醜い忌み子をもらってくださるというのだから」
「ぷくく、酷いですわお母様。実の娘に醜いだなんて」
「事実ですもの。それに比べて、リサンドラは私に似た髪や顔立ちをしていて、母として誇らしいわ」
「あら、ありがとうございますお母様♪」
「……」
二人の会話を尻目に、私は黙々と食事を続ける。
あ~あ、こんな会話を聞かされるのはもう何度目だろう。
もっと幼い頃は似たようなことを言われる度に涙を流していたけれど、もうすっかり枯れ果ててしまった。
こんなことを言われ続けたら、いくら肉親だろうとそれは愛想も付きようというもの。
むしろこんな意地悪な人たちに似なくてよかったと、最近は思うようにすらなってきてしまった。
ま、どうでもいいわよね。
どうせこの人たちと一緒にいる時間も、残り僅かなのだもの。
イライラするより、少しでも楽しい未来に胸をときめかせなきゃ。
ああ……ハルド・ヨハネス子爵様……。
早くお会いしたいな……。
▲ ▲ ▲
――いよいよ、私とハルド・ヨハネス子爵との顔合わせの日がやってきた。
ハインリヒ・デイモン公爵という方が主催する舞踏会。
会場には私以外にも多くの貴族の方々の姿があり、皆穏やかに談笑している。
誰もが正装に身を包み、雰囲気だけでもこれが厳かなパーティであることがわかる。
私も白いレースのドレスに身を包み、足には真っ赤なフラットヒールを履いている。
……ちなみに、この服装はリサンドラお姉様のチョイスだ。
私の髪色や瞳の色に合うようコーディネートすると、これが一番似合うと。
〝呪いの白〟なんて呼ばれる私にこの格好をさせるのは、どう考えたって嫌がらせとしか思えないけれど。
実際、悪目立ちする私を見て、周囲の貴族たちはヒソヒソと陰口を叩いている。
こちらに聞こえないように話しているつもりだろうけれど、なにを言っているかくらい見当くらいが付く。
「いいかクロエ。お前は余計な真似は一切するなよ」
私の傍で、ボレアスお父様が冷たいお声で言う。
「ハルド・ヨハネス子爵には、できるだけ愛想のいい笑顔を向けるのだ。なにか尋ねられても、〝はい〟か〝いいえ〟だけで答えろ。極力会話をするな」
「はい、かしこまりましたお父様」
――こんな感じでいいのでしょう?
というか、そもそも「はい」か「いいえ」だけじゃ会話が成り立たないと思うのだけれど。
会話してほしくないなら、ハッキリとそう言ったらいいのに。
なにもしなくていいから、お飾りの人形を演じていろって。
それに私が言葉を発したら印象が悪くなるとでも思っているのかしら。
声まで呪われてるなんてことはありませんけれど。
「ハルド・ヨハネス子爵……どんなお方なんでしょうね?」
続けて、リサンドラお姉様がニヤリと笑みを浮かべた口を開く。
「あなたを貰ってくださるくらいだから、さぞ醜男なのかしら? もしそうだったら、お似合いの夫婦になるわね」
――は? ウッザ。
ああ、コホンコホン。いけないいけない。
あまり汚い言葉を使うのはダメよね。
それに家族に対してそういう感情を抱くのもよくないわ。
どうせハルド子爵様に嫁いだら、こんな人と関わることもなくなるのだから。
そうそう、穏便にいきましょう私。
頭の中でそう思って、どうにか心を落ち着かせる。
「リサンドラ、少しお黙りなさい。ヨハネス子爵家の方に聞かれでもしたら面倒でしょう」
ベルトヴィナお母様が窘めるように言うと、リサンドラお姉様は「はーい」と適当に返事。
どうせリサンドラお姉様は男に困ることはないのだから、ハルド子爵に関心などないのだろう。
――私たちレーヴェンソン侯爵一家が、そんなお話をしていた時だった。
舞踏会場の一角で、小さなどよめきが起こる。
そのどよめきに釣られて、私たち一家も会場入り口の方へと目を向ける。
すると――そこには、一目見てわかるほど異彩を放つ美男子の姿があった。
高貴で、品格に満ちて、誰が見てもすぐにわかるほど位の高い青年。
そんな風格ありまくりな青年に、ビックリするほど端正で爽やかでハンサムな顔が乗っている。
歳はたぶん二十より下。
けれど、あどけなさはあまり感じない。
スラリとした長身で、
サラッとした金髪で、
シュッとした身のこなしで、
もう歳不相応というか、なんなら少し鼻につくくらい完璧な〝貴族〟だ。
そんなオーラをまとう美男子が会場に現れたものだから、居合わせた他の婦女たちはヒソヒソと黄色い声を上げる。
「ご覧になって! なんて綺麗なお顔!」
「どこのご子息様かしら、見惚れてしまいそう!」
婦女たちの注目を一身に集めながら、堂々と会場の中を歩く青年。
そして彼のつま先は――私たち一家の前で止まった。
いや、より具体的には、私の目の前で。
「……」
「え、あの」
青年は私を黙ったまま見下ろしてくる。
彼は私よりずっと背丈が高く、グッと顎を上げないと目を合わせられないほどだ。
「キミが、クロエ・レーヴェンソンか?」
「そ、そうです、けど」
「私の名前はハルド・ヨハネス。ヨハネス子爵家の三男で、キミの婚約者だ」
「「「――!」」」
ハルド子爵様が、まさかこんなに綺麗なお顔だったなんて――。
私は驚く。
いいや、驚いたのは私だけじゃない。
お父様もお母様お姉様も、その他会場にいたほぼ全員の婦女たちも、ビックリ仰天の顔をしてみせる。
特に私の家族一同は、驚きすぎて言葉も出なくなってしまった感じ。
「さっそくだがクロエ、キミに伝えたいことがある」
「は、はい」
私はコチコチに緊張して、次にハルド子爵の口から出る言葉を心待ちにする。
そして――彼はスゥッと息を吸うと――
「クロエ・レーヴェンソン、キミとの婚約を破棄させてもらう」
――躊躇いもなく、そんな言葉を口にした。
「……はい?」
「キミが忌むべき〝呪いの白〟だというのは知っていた。だがこうして直に会ってみると、実に醜い」
そう言って、ハルド子爵はため息を漏らす。
「いいか、私がキミとの婚約を了承したのは、髪や瞳の色はともかく〝顔立ちは整っている〟と聞かされていたからだ」
「は…………いぃ…………?」
「それなのにいざ会ってみれば、どこが美人なモノか。歳を考慮しても、まるで凡婦の顔……その髪と瞳も含めれば、とんだ醜女ではないか」
ハルド子爵は吐き捨てるように言うと、視線を私の隣へと移す。
「キミなどよりも――こちらの貴婦人の方がよほど美しい」
彼は僅かに歩いて床の上で片膝を突き、ゆっくりと手を差し出す。
その手の先にいるのは誰であろう、リサンドラお姉様である。
「あなたの美貌、一目見ただけで惚れ込んでしまいました。このハルド・ヨハネスの愛は、あなたのような美女にこそ相応しい」
臆面もなくリサンドラお姉様に向けて愛を囁くハルド子爵。
あ、うん、わかった。
この男――〝面食い〟だ。
それも間男の面食いだ。
顔しか見ない、顔にしか興味のない、そういう手合いの男である。
「……ホ、ホホホ」
リサンドラお姉様は一瞬ポカーンとしたが、すぐに笑みを浮かべ始める。
それはもう、勝ち誇ったかのような笑みを。
「このハルド、真実の愛を見つけてしまった。私の美貌と釣り合うには、あなたしかいない」
「まあ、まあ、なんてこと。嬉しいですわハルド・ヨハネス子爵様! あなた様のような見目麗しい殿方にお声がけ頂けるなんて!」
嬉々としてハルド子爵の手を取るリサンドラお姉様。
彼女も男には困らないくらいの容貌を持っているが、それでもハルド子爵のような美男子から誘いを受けるのは嬉しかったらしい。
そういえば、お姉様も「男は顔」と思っていたものね。
「お父様、お母様、ハルド子爵と踊ってきてもいいかしら?」
「あ、ああ、勿論だとも! やはりリサンドラはレーヴェンソン家自慢の娘だ!」
「ええ本当! それに比べて、クロエときたら……こんな子、産まなければよかった」
「クスクス、それは言い過ぎよお母様~」
――私のことをこれ以上ないくらい蔑んだ目で見てくる、私の家族。
……。
…………。
…………あ、そう。
ふ~ん、へぇ~。
そうなんだ。こんな場面になっても、私をそんな目で見るんだ。
じゃあ――もういいや。
「ウフフ」
思わず、私もクスッと笑ってしまった。
「ねえハルド子爵様、あなたはお顔が大事なんですのね」
「ん? なにを当然のことを、私の顔は国中を見渡しても類を見ないほどの――」
「ならそのお顔、ぶっ潰して差し上げます」
タンッ、と私は床を蹴る。
ハルド子爵と目線の高さが合うくらいにまで、跳躍。
そして――右手の拳を握り締めて、思いっっっっっきり彼のお顔をぶん殴ってあげた。
「ぐほおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉッッッ!?!?!?!?」
鼻をペシャンコに潰して顔面を凹ませて、軽やかに吹っ飛んでいくハルド子爵。
彼の身体は何度も会場の床をバウンドし、壁に激突してようやく止まった。
――〝呪いの白〟には呪われた力が宿っている。
これは半ば迷信だと思われているけれど、実は本当。
もっとも、ハーフレン王国の人々が思っているようなそれとは、だいぶ違うと思うけれど。
私の身体に宿る呪われた力――それは、尋常ならざる〝怪力〟。
実は私は生まれつき、とても〝力〟が強い。
それはもう、成人男性なんていとも簡単に殴り飛ばせてしまうほどに。
私の小さな身体には、常人には想像もできないほどの筋力が秘められているのだ。
だけど私は、今日に至るまでずっとその事実をひた隠しにしてきた。
だってそれは、私が本当に呪われた子だと証明してしまうようなモノだから。
この事実が家族に知られたら、もっと嫌われてしまうと思ったから。
でも――もう関係ないわよね!
私は、この人たちと縁を切ることにしたのだもの!
ハルド子爵が殴り飛ばされる光景を見て、リサンドラお姉様は唖然とする。
「な……あ……クロエ、あなたなんてことを――ッ!」
「お姉様」
「……っ!?」
「今まで、たくさん可愛がってくれてありがとう。だから精一杯、お返しさせて頂きますわね」
一瞬でリサンドラお姉様へと間合いを詰める。
そしてすかさず、今度は彼女自慢の顔面に握り拳を叩き込んだ。
「んげええええええええええええええええええええええええええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇッッッ!!!」
〝ゴシャッ!〟という、お鼻の骨がへし折れる音。
それからまるで豚みたいに醜い悲鳴を上げて、綺麗なお顔をグチャグチャにして吹っ飛んでいくリサンドラお姉様。
うーん、気分爽快!
さて、残るはあと二人。
「お父様、お母様」
「「ひっ……!?」」
「私もずっと、あなたたちに言いたかったですわ。〝私だってあなたたちみたいなクズから、生まれたくなんてなかった〟って」
続けて会場に響き渡る、〝グシャッ!〟〝バキッ!〟という殴打の音。
往年の恨みを晴らしてスッキリし終えた私は、周囲の貴族たちが恐れおののく中、舞踏会場を後にする。
「これで――私はもう自由」
私を縛る〝家族〟という呪縛を断ち切った。
私を縛るレーヴェンソンという性とも、もうお別れ。
これで貴族社会にはいられなくなってしまったけれど、少しも惜しくなんてない。
むしろ清々する。
さて……これからどんな風に、自由に生きてやろうかしら?
ああそうだ、私にはせっかく呪われた力があるんだもの。
腕っぷしだけで生きていくっていうのも、案外いいかもしれないわね!
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