第十五章 金はどこから流れるか
シティ・オブ・ロンドンは、霧の中でも異様に明るかった。
街灯ではない。
金の匂いが、光を放っているのだ。
石造りの銀行、保険会社、証券取引所。
ここでは一人も血を流さず、毎日、国家が殺されている。
高杉晋作は、場違いなほど上等なカフェの窓際に座っていた。
インバネスコートの下には、相変わらず紅の友禅。
「……随分、面白い顔をするようになったな」
向かいに座る男が、苦笑する。
トーマス・グラバー。
かつて長崎で、日本という国を商品として眺めていた男。
「君が生きている方が、よほど面白い」
紅茶のカップが、静かに音を立てる。
「死んだはずの革命家が、ロンドンで銀行の話とは」
高杉は、肩をすくめた。
「時代が変わっただけだ。
今の戦は――刀より、帳簿がよく斬れる」
グラバーの視線が鋭くなる。
「何が欲しい?」
「欲しい? 違うな」
高杉は窓の外を見た。
忙しなく行き交う紳士たち。
「流れを変えたい」
グラバーは沈黙した。
「インド、アフリカ、清国。
帝国は“遠い土地”で儲けているつもりだろう」
高杉は、指でテーブルを叩く。
「だが実際は、ここだ。
この街の紙切れ一枚が、海の向こうの命の値段を決めている」
「君は――危険な話をしている」
「今さらだろ」
高杉は笑った。
「俺は、日本を売らせない。
だから――英国の関心を、欧州に縛り付ける」
グラバーの顔色が変わる。
「ドイツか……」
「そうだ」
高杉は静かに言う。
「敵は一つでいい。
二つになると、国は迷う」
沈黙。
グラバーは、ゆっくりと頷いた。
「……君は、国家を動かそうとしている」
「違う」
高杉は首を振る。
「国家が、勝手に転ぶ場所を作るだけだ」
カフェの外で、鐘が鳴った。
取引開始の合図だ。
高杉は立ち上がる。
「さて……
次は電信だ」
霧の中で、帝国の血流が、わずかに脈打った。




