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96.家族

《――この艦を破壊したのは、我らと同じ、『方舟アーク』です》

 ノアが告げた、冷徹な真実。

 それは、玉座の間に、宇宙の真空よりも冷たい、絶対的な沈黙をもたらした。

 俺は、ただ、モニターに映し出された、同胞の無慈悲な刃によって引き裂かれた、三番艦『青のアーク・ポセイドン』の残骸を、呆然と見つめていた。

 その沈黙を、最初に破ったのは、医療区画から聞こえてきた、エリスの、か細い、嗚咽の声だった。

「……なぜ……。どうして……」

 モニターの隅で、彼女はベッドの上に崩れ落ち、その華奢な肩を、絶望に震わせていた。

「……同胞が……姉妹が……なぜ、殺し合わなければならないのですか……」

 その悲痛な叫びは、俺の心に、重く、そして深く突き刺さった。

「……管理人」

 俺の隣で、エラーラが、今まで聞いたことのない、硬質な声で言った。

「……これは、もはや、我々が知る『戦争』ではない。もっと、根源的で、理解不能な、神々の内紛だ。……我々は、とんでもないものに、首を突っ込んでしまったらしい」

 彼女の瞳には、もはや俺への呆れはなく、ただ、未知なる脅威に対する、戦士としての純粋な警戒心だけが宿っていた。

 俺は、ゆっくりと、玉座に座り直した。

 頭が、痛い。

 黒いフードの集団。シャルロッテの裏切り。エリスの復讐。

 やっと、面倒事が片付いたと思ったのに。今度は、宇宙規模の、兄弟喧嘩だと?

 ふざけるな。

「……ノア」

 俺は、低い声で尋ねた。

「……犯人の、心当たりは?」

《……断定は、できません。ですが、論理的に推測される容疑艦は、ただ一隻》

 モニターに、あの漆黒の槍のような艦影が、再び映し出される。

《――二番艦『黒のアーク・ネメシス』。遭難信号すら発せず、完全に沈黙を続ける、唯一の同胞》

「……そいつは、どこにいるんだ」

《不明です。ですが、もし、ネメシスが、その使命――『審判』を、我ら同胞に向けているのだとしたら》

 ノアは、淡々と、しかし、恐るべき可能性を告げた。

《――いずれ、この一番艦アークノアも、その『審判』の対象となります。何故なら、私は、貴方様という、非論理的で、予測不能な『イレギュラー』を、新たな主と定めてしまったのですから。ネメシスの論理において、それは、排除すべき『バグ』と見なされる可能性が、極めて高い》

 つまり、俺の存在そのものが、敵を呼び寄せる、ということか。

 俺は、天を仰いだ。

 俺の、平和で、怠惰で、甘いお菓子に満ちたスローライフ。

 それを、根こそぎ奪おうとする、新たな脅威。

 もう、見て見ぬふりは、できない。

 高みの見物も、終わりだ。

 これは、俺の、平和な昼寝の時間を守るための、俺自身の戦いなのだ。

「……決めた」

 俺は、玉座から、ゆっくりと立ち上がった。

 そして、この城の、唯一絶対の支配者として、初めて、明確な『意志』を、高らかに宣言した。

「――ノア!」

《はい、管理人》

「『星を見るスターゲイザー』の、第一目標を変更する!」

 俺の言葉に、玉座の間の空気が、張り詰めた。

「フードの連中の本拠地なぞ、後回しだ! 最優先で、あの忌々しい二番艦、『黒のアーク・ネメシス』の行方を、宇宙の果てまで追いかけろ! あの、空気を読まない、クソ真面目な兄弟が、どこで何をコソコソやっているのか、全て、丸裸にして、俺の前に叩きつけろ!」

 俺の、あまりにも個人的で、あまりにも柄の悪い宣戦布告。

 だが、その言葉は、この城においては、神の神託に等しい。

《――御意に》

 ノアの、力強い返答。

 モニターの中で、遥か宇宙の深淵を進む『星を見る者』が、その針路を、静かに、しかし、確実な意志を持って、変更していく。

 その先にあるのは、漆黒の闇。

 まだ誰も知らない、真の敵が潜む、絶対的な沈黙の海。

 ベッドの上で、エリスが、涙に濡れた顔を上げた。その瞳には、絶望ではなく、新たな決意の光が灯っていた。

 エラーラは、俺の背中を、まっすぐに見つめていた。その表情は、もはや、愚かな管理人を見るものではなく、共に戦場に立つ、一つの『王』を見る、それだった。

 俺は、再び、玉座にふんぞり返る。

 そして、床に落ちていた、俺の、究極の盤上遊戯――『天空創世記』の、サツマイモの駒を、拾い上げた。

「……さて、と」

 俺は、ニヤリと、不敵な笑みを浮かべた。

「――宇宙の面倒事が片付くまで、地上の神様ごっこは、しばらく、お休みだ」

――ここまで読んでいただきありがとうございます!

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次回もお楽しみに!



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