95.宇宙の墓標
「――もう一回だ! 次こそ、俺の『究極超神聖グレートポテト男爵』を倒してみせろ!」
「断る! なぜ私が、貴様のくだらん遊びに、休日を返上してまで付き合わねばならんのだ!」
「これは遊びじゃない! 神々の代理戦争だ!」
「貴様が神なら、この世界は一週間で滅びるわ!」
玉座の間には、日常が戻っていた。
俺とエラーラの、あまりにも低レベルな口論。その様子を、ベッドの上から通信で見ていたエリスが、困ったように、しかし、どこか楽しそうに微笑んでいる。村長は、俺の放った一言一句を、ありがたい神託として、必死にメモを取っていた。
完璧な平和。完璧な日常。
俺は、この生ぬるいお遊戯の時間が、永遠に続くのだと、心の底から信じていた。
その、甘ったるい空気を、切り裂いたのは、ノアの、どこまでも冷静で、しかし、有無を言わせぬ重みを持った声だった。
《――管理人。及び、全乗員へ》
ノアが、わざわざ『全乗員へ』と前置きするのは、極めて稀なことだった。俺とエラーラは、口論をやめ、玉座の間の巨大なモニターへと視線を向ける。
《先日、目標宙域へと射出した、長距離・超光速ステルス観測機『星を見る者』より、第一回目の、重要観測データが届きました》
「おお! もう着いたのか!?」
俺が、子供のようにはしゃぐ。
《いえ。目標到達までは、まだ標準時間で数ヶ月を要します。ですが……その航行ルート上で、予期せぬオブジェクトを、発見しました》
モニターの映像が、漆黒の宇宙空間へと切り替わる。
無数の星々がきらめく、美しい、しかし、どこか寂しい光景。その、何も無いはずの空間に、一つの、巨大な残骸が、静かに漂っていた。
それは、かつて、優雅な曲線を描いていたであろう、巨大な船の亡骸だった。船体は、無残に引き裂かれ、内部構造が、凍りついたまま宇宙空間に晒されている。
だが、その形状、そして、そこに刻まれた紋様は、俺たちにとって、見覚えのあるものだった。
「……これは……」
医療区画から通信を繋いでいたエリスが、息を呑んだ。
「……三番艦……『青のアーク・ポセイドン』……! 海洋惑星の生態系データを、一手に担っていた、私のかわいい妹……!」
彼女の声は、震えていた。
俺は、その残骸を、じっと見つめた。
これも、あのフードの奴らに、やられたのか。エリスの故郷と同じように。
「……ノア。こいつも、あの『ウイルス』にやられたのか?」
《……いえ》
ノアの返答は、俺たちの予想を、完全に裏切るものだった。
《スターゲイザーによる、詳細スキャンを開始します》
モニターの映像が、さらにズームアップしていく。
ポセイドンの、無残な残骸。その、引き裂かれた断面が、高解像度で映し出された。
そこにあったのは、ウイルスによる内部からの崩壊や、爆発の痕跡ではなかった。
あまりにも、滑らか。あまりにも、鋭利。
まるで、熱したナイフでバターを切るかのように、巨大な船体が、たった一閃で、綺麗に、そして、無慈悲に、**『切断』**されていたのだ。
「……なんだ、これは……」
エラーラが、絶句した。剣の達人である彼女だからこそ、その一太刀の、異常さが理解できた。
「……いかなる達人でも、これほど巨大なものを、これほど綺麗に断ち切ることなど、不可能だ。これは、もはや、剣技ではない。法則そのものを、書き換えるかのような……」
《……船体に残留する、微弱なエネルギーパターンを、分析します》
ノアの、冷静な声が、張り詰めた空気に響く。
モニターに、複雑なグラフと、数式が表示されていく。そして、アークノアの、膨大なデータベースとの、照合が開始された。
照合中……照合中……
パターン……一致
やがて、モニターに、冷徹な、そして、絶望的な、結論が表示された。
《――残留エネルギーパターン。本城の主兵装『太陽を砕く光槍』、及び、他のアークが搭載する主砲級兵装の基本構造と、99.9%、一致します》
「…………は?」
俺は、その文字の意味が、理解できなかった。
だが、ノアは、その事実を、俺に、そして、この城にいる全ての者に、はっきりと、告げた。
《――断定します》
《三番艦『青のアーク・ポセイドン』を破壊したのは、我らの敵、『沈黙の福音』ではありません》
《――この艦を破壊したのは》
《我らと同じ、『方舟』です》
玉座の間に、絶対的な沈黙が落ちた。
エリスが、声もなく、涙を流しているのが、モニターの隅に映っていた。
エラーラは、信じられないものを見たかのように、ただ、硬直していた。
同胞殺し。
我ら方舟は、ただ、敵から逃げていただけではなかった。
その、長い長い、孤独な旅の果てに、互いに、牙を剥き合っていたのだ。
そして、その脳裏に、一つの、不気味な名前が、蘇る。
遭難信号すら発せず、完璧な沈黙を守る、漆黒の同胞。
二番艦『黒のアーク・ネメシス』。
俺は、ようやく、自分が、ただの食いしん坊な傍観者ではいられない、とんでもない、兄弟喧嘩の真っ只中に、放り込まれてしまったのだということを、心の底から、理解した。
そして、その事実は、俺の完璧なスローライフにとって、これまでで最大級の、面倒事の始まりを告げていた。
――ここまで読んでいただきありがとうございます!
面白かったら⭐やブクマしてもらえると励みになります!
次回もお楽しみに!