9.あしらわれるワイバーン
「……苦い」
技術室の作業台に腰掛け、俺は不満げに呟いた。
ノアが生成した『胃もたれしないチョコレート』は、確かに健康的な味がした。カカオの風味は豊かだが、甘さはほとんどなく、薬草でもかじっているかのような苦味が後を引く。
「なあノア、もうちょっとこう、甘くはできなかったのか?」
《甘味成分の追加は、消化器官への負担を増大させるため、推奨されません》
相変わらず、融通の利かないAIである。
俺がその苦いチョコレートをかじりながら、今後の食生活について思いを馳せていた、その時だった。
《報告します》
唐突に、ノアが告げた。
《先ほど、本城の防衛圏内に侵入した敵性対象を、すべて排除しました》
「……は? 敵?」
唐突な言葉に、俺はきょとんとする。敵なんて、どこにいたというんだ。
《所属不明のワイバーン及び、それに騎乗する生命体、計30を確認。警告を無視して接近を続けたため、脅威と認定。城郭配備の副次迎撃兵装『粒子砲』にて、全対象を消滅させました》
ワイバーン……30騎。それは、小国の一つなら滅ぼせるほどの戦力だ。
そんな部隊が、この城に攻めてきて、そして、全滅した? 俺がチョコレートの味に文句を言っている間に?
「……おい! 普通、そういうのは事後報告じゃなくて、事前に相談するもんだろ!」
《脅威レベル4以下の対象に対する迎撃は、管理人認証を必要としません。全て自動防衛プロトコルに基づき、最適解を実行しました》
どうやらこの城にとって、ワイバーン30騎は「些事」でしかないらしい。
俺は、もはや呆れてため息をつくことしかできなかった。
【グラドニア帝国 帝都ヴァイス】
皇帝ゲルハルトが玉座を拳で叩きつけた衝撃で、謁見の間が震えた。
「――消滅した、だと? 我が帝国が誇る精鋭ワイバーン部隊が、丸ごと一瞬でか!」
玉座の前にひれ伏す魔術師は、顔面蒼白で震えている。
「は、はい……。地上からの観測によりますと、部隊が天空城に接近した刹那、紫色の閃光が走り……その後、部隊との魔力通信は完全に途絶。痕跡すら、何一つ……」
報告を聞き、ゲルハルトは怒りに顔を歪ませる。
「馬鹿な! いったい何が起きた!」
おずおずと、側近の一人が進言する。
「陛下……あるいは、伝説に聞く『神の雷』では……」
「愚か者めが!」
皇帝は怒鳴りつけた。
「もし奴が『神の雷』を使ったのなら、今頃この大陸は地図から消え去っておるわ! あれは、主砲ではない……警告だというのか、我に対して……!」
怒りのあまり、ゲルハルトは玉座から立ち上がり、腰に手を当てて仁王立ちになる。そのあまりの威圧感に、臣下たちはますます身を縮こまらせた。
その、全く同じ頃。天空城の技術室で。
「あーあ、暇だなぁ……」
俺は苦いチョコレートを食い終え、特にやることもなく、ぐーっと背伸びをした。そして、腰に手を当てて、ふぅ、と息を吐く。
次の瞬間。
「ぐっ!?」
帝都ヴァイスの玉座で、皇帝ゲルハルトが呻き声を上げた。
「いでっ!?」
天空城の技術室で、管理人カインが情けない声を上げた。
怒れる覇王と、怠惰な管理人の腰に、ピキリ、と全く同じ鋭い痛みが走った。
片や、屈辱に顔を歪ませながら。
片や、運動不足を実感しながら。
大陸の運命を左右する二人の男は、奇しくも全く同じ、腰をさする情けないポーズで、うずくまるのだった。
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