87.続・大菓子博覧会②
エリスが、己の全てを賭けた復讐を終え、深い眠りについている頃。
俺は、人生で最も重要な戦いに挑むべく、メインポートに立っていた。
そう、大菓子博覧会、第二ラウンドである。
「……なあ、ノア。いくらなんでも、やりすぎじゃないか?」
俺の隣で、エラーラが、引きつった顔で呟いた。
無理もなかった。
俺の周囲を固めているのは、前回と同じ、白銀の騎士『セラフィム』が20体。これだけでも、小国を一つ滅ぼせる戦力だ。
そして、その中心、俺のすぐ傍らには、三体の、明らかに格の違う存在が、静かに佇んでいた。
その者たちは、セラフィムよりも一回り大きく、その装甲は、白銀ではなく、純金のように輝いていた。背中には、光そのもので編まれたかのような、六対の翼が、静かに折りたたまれている。顔にはバイザーがなく、代わりに、神々しいまでの美貌を持つ、性別のない顔が、無表情に前を見据えていた。
神級護衛兵『アークエンジェル』。
ノアのアップデートによって、新たに創造された、この城の最高傑作。セラフィムが『王の剣』ならば、彼らは『神の威光』そのものだった。
「いいか別に。強いに越したことはないだろ」
俺は、全く気にしていなかった。むしろ、聖武具を手に入れた勇者のような気分で、少しワクワクしていた。
「よし、行くぞ! 待ってろ、俺のスイーツたち!」
俺の号令一下、床に開かれた転移ゲートに、俺たちは、再びその身を投じた。
【仮設王城 最高司令室】
「――緊急報告! 帝都東方の森林地帯に、再び、大規模な空間転移反応を検知!」
司令室に、観測兵の絶叫が響き渡る。
皇帝ゲルハルトと、外交官ギュンターは、即座に巨大な魔水晶へと視線を向けた。そこに映し出された光景に、二人は、言葉を失った。
「……あれは……」
前回と同じ、白銀の騎士団。だが、数が倍増している。そして、その中心にいる、黄金に輝く、有翼の三体。
それは、もはや『護衛』というレベルではない。
一つの『軍隊』。それも、神話の戦場から抜け出してきたかのような、絶対的な軍隊だった。
「……陛下」
ギュンターが、震える声で言った。
「……あの男、我らを、試しておられるのかもしれません」
「……試す、だと?」
「はい。前回、我らの警護体制に不備(暗殺者の襲撃)があった。それに対し、『これほどの軍勢を差し向けても、なお、貴様らは、我を守りきれるのか』と。あるいは……」
ギュンターは、最悪の可能性を口にする。
「……聖王国に対する、無言の牽制。我ら帝国と同盟を結んだ今、帝都にちょっかいを出す聖王国に対し、『次は容赦しない』という、神の宣告……」
二人の頭脳が、高速で回転する。
だが、その思考は、常に、同じ結論へと行き着いた。
(……あの男の、真意が、読めぬ……!)
彼らは、まさか、その神の如き軍勢が、ただの菓子食いツアーの添乗員に過ぎないなどとは、夢にも思っていなかった。
【大菓子博覧会 会場】
俺が、再び博覧会の会場に姿を現した時、その場は、前回とは比べ物にならない、異様な静寂に包まれた。
人々は、俺を見ていない。俺の後ろに立つ、黄金の天使たちを見て、恐怖と、畏敬に、凍りついているのだ。
前回よりも、さらに巨大な、神聖不可侵の領域が、俺の周囲に生まれていた。
「うわ、なんか、すごい見られてるな。俺も、有名人になったもんだ」
「……貴様は、本当に、何も見えていないのだな……」
エラーラの呆れ声も、もはやBGMだ。
俺は、前回食べ逃した屋台へと、一直線に向かった。りんご飴、クレープ、チョコバナナ。セラフィムたちが、完璧な連携で人混みをかき分け、俺のためだけの道を作り出していく。
その、あまりにもシュールな光景を、雑踏の中、二人の魔女が、呆れ果てた顔で眺めていた。
「……おい、テラ。あれ、どう思う」
「どう思う、と言われてもな……。神様が、天使を引き連れて、りんご飴を買いに来た、としか……」
「我らは、一体、何のために用心棒として雇われたんだ……」
伝説の魔女たちは、自分たちの存在意義を、本気で疑い始めていた。
俺が、三本目のチョコバナナを堪能していた、その時だった。
前回、俺に祈りを捧げていた、枢機卿ヴァレリウスが、再び、俺の前に姿を現した。
だが、今回は、一人ではなかった。
彼の後ろから、一人の、幼い少女が、おずおずと顔を覗かせた。
純白のドレスに身を包み、透き通るような金髪と、蒼い瞳を持つ、まるで人形のように美しい少女。
「――天の主よ」
ヴァレリウスは、ひざまずくと、恭しく言った。
「この者は、我が聖王国にて、『奇跡の乙女』と呼ばれる、聖女アンナにございます。彼女の歌声は、荒ぶる魔獣の心を鎮め、その涙は、枯れた大地に花を咲かせると言われております。どうか、この聖なる乙女を、貴方様のお側に置き、その清らかさを、お確かめください」
それは、聖王国が放つ、新たな一手。
武力でも、教義でもない。『純粋無垢』という、最も厄介な武器を、俺の懐に送り込もうという、巧妙な罠だった。
俺は、その少女を、じっと見つめた。
少女もまた、怯えたような、しかし、好奇心に満ちた瞳で、俺を見上げている。
ヴァレリウスは、勝利を確信していた。この子供のような男が、聖女の無垢な瞳を前に、無下な扱いはできまい、と。
俺は、ゆっくりと、少女の前に、しゃがみ込んだ。
そして、チョコバナナを口いっぱいに頬張ったまま、もごもごとした声で、こう言った。
「――きみも、たべる?」
「…………」
その、あまりにも予想外で、あまりにも純粋な問いかけに。
聖女アンナは、こくり、と頷いた。
そして、ヴァレリウスは、自らの計画が、またしても、この男の予測不能な行動によって、根底から崩れ去ろうとしているのを、ただ、呆然と見つめることしか、できなかった。
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