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86.続・大菓子博覧会①

【帝都ヴァイス 地下水道】

 リーダーは、走っていた。

 帝国兵の追撃を振り切り、仲間を犠牲にして、かろうじて地下水道の迷路へと逃げ込んだ。転移魔法陣は、天空城からの干渉によって、もはや使えない。だが、彼にはまだ、最後の切り札があった。

(……ここまで来れば、もう追ってはこれまい)

 彼は、壁の隠し扉を開け、予め用意しておいた別の隠れ家へと滑り込む。そこには、新たな身分と、別の街へ向かうための馬車が用意されていた。

 計画は、失敗した。だが、まだ終わってはいない。シャルロッテという駒は失ったが、『緑色の心臓』は、まだ別の場所に隠してある。仲間も、大陸中に散らばっている。

 何度でも、やり直せる。

 彼が、安堵のため息をつき、新たな計画を練ろうと、机の上の地図に手を伸ばした、その時だった。

 足元の床が、淡い光を放ち始めた。

 それは、彼が使い慣れた転移魔法陣ではなかった。もっと、高度で、精緻で、そして、抗いようのない、絶対的な強制力を持った、神の術式。

「――しまっ……!」

 彼の最後の言葉は、歪む空間の中に、虚しく吸い込まれていった。

【天空城アークノア ???】

 リーダーが次に目を開けた時、彼は、見覚えのない、真っ白で、継ぎ目のない部屋に立っていた。

 医療区画。だが、今は、治療のための場所ではない。処刑場だ。

「……貴様は……!」

 彼の目の前に、一人の少女が、静かに立っていた。

 銀色の髪、エメラルドグリーンの瞳。方舟の巫女、エリス。

 だが、その瞳に、以前のような弱々しさは欠片もなかった。あるのは、凍てつくような、絶対零度の憎悪だけ。

「……小娘が。私を、ここまで転移させるとはな。大した力だ。だが、この私を、殺せるかな?」

 リーダーは、虚勢を張った。だが、彼はすぐに、自らの過ちに気づく。

 この部屋で、魔力が、全く練れない。この空間そのものが、彼の力を、完全に封じ込めているのだ。

 エリスは、何も答えなかった。

 ただ、その小さな手を、ゆっくりと、リーダーへと向けた。

 彼女が念じると、部屋の壁が、まるで生き物のように蠢き、無数の鋭い槍となって、リーダーへと殺到した。

「ぐ……あああああっ!」

 槍は、彼の体を貫き、宙へと吊り上げる。だが、急所は、巧みに外されていた。

 エリスは、苦しむリーダーを、冷たい瞳で見下ろしながら、ゆっくりと、しかしはっきりと、告げた。

「――これは、アルカディアの同胞たちの、痛みだ」

 次に、床から、灼熱のマグマが噴き出し、彼の足を焼いた。

「――これは、炎に焼かれた、森の嘆きだ」

 天井から、極低温の冷気が降り注ぎ、彼の体を凍らせた。

「――これは、宇宙を彷徨った、私の孤独だ」

 暴力の嵐。それは、もはや戦闘ではなかった。一方的な、復讐の儀式。

 リーダーの意識が、遠のいていく。

 そして、最後に、エリスは、彼の心臓の前に、一本の、光の刃を形成した。

「――そして、これは、私の、憎しみだ」

 刃が、静かに、心臓を貫いた。

 こうして、大陸を混沌に陥れた、狂信者のリーダーは、その野望の半ばで、誰にも知られることなく、静かに、その生涯に幕を下ろした。

 復讐を終えたエリスの体から、すうっと、力が抜けていく。

 彼女は、その場に、崩れ落ちるように倒れ込んだ。

 その口元には、満足したかのような、穏やかな笑みが浮かんでいた。

「……みんな……これで、やっと……」

 長い長い旅を終えた少女は、深い、深い眠りへと落ちていった。

【天空城アークノア 玉座の間】

 その頃、俺は、玉座の間で、すっかり退屈していた。

 モニターには、帝国兵たちが、地下神殿の後片付けをしている様子が映し出されている。あまりにも地味な絵面だ。

「……なあ、ノア」

 俺は、ぽつりと呟いた。

「……大菓子博覧会って、まだ、終わってないよな?」

《肯定します。開催期間は、あと三日です》

「……もう一回、行きたいんだけど」

《……》

 ノアの沈黙が、明確な拒絶を物語っていた。

 だが、俺は、諦めなかった。

「やだやだやだ! 行きたい! まだ食べてないケーキも、プリンも、山ほどあるんだ! ここで指をくわえて見てるだけなんて、拷問だ!」

 俺は、再び、床を転げ回り、見苦しいまでに駄々をこねた。

「行かせてくれないなら、俺、もう、一生昼寝しないからな!」

 俺の、究極の脅し文句。

 それに、ノアは、数秒間、沈黙した。

 そして、重々しい、諦めに満ちた声で、告げた。

《……承知、いたしました。管理人様の、精神衛生の維持を、最優先します》

「やった!」

《ただし、条件があります。前回の護衛体制では、不十分です。先日完了したアップデートにより、新たに生成可能となった、神級護衛兵『アークエンジェル』を3体。及び、特級護衛兵『セラフィム』を20体。この護衛体制を許容いただけるのであれば、特例中の特例として、再度の降下を許可します》

「アークエンジェル?」

 なんだか、セラフィムより、さらにすごそうな名前が出てきた。

 だが、俺にとって、そんなことはどうでもよかった。

「いいぞ! それでいい! 100体でも200体でも、好きにつけてくれ! それで、お菓子が食べられるなら、何でもいい!」

 かくして、俺は、エリスが命がけの復讐を遂げた、まさにその裏で、ただひたすらに、己の食欲を満たすためだけの、新たな約束を取り付けたのだった。

 エラーラは、その一部始終を、もはや何も言うまいと、ただ、遠い目で眺めていた。

――ここまで読んでいただきありがとうございます!

面白かったら⭐やブクマしてもらえると励みになります!

次回もお楽しみに!



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