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84.器③

 俺の決意表明を合図に、城はにわかに活気づいていた。

 エラーラは居住区画で即席の自警団を組織し、エリスは医療区画のベッドの上から、自らの記憶と城のデータベースを照合し、敵に関する情報の断片を必死にかき集めている。シャルロッテがいた厨房は完全に封鎖され、ノアによる徹底的な分析が進められていた。

 俺は、というと、玉座の間で、その全ての報告をモニター越しに眺めているだけ。まあ、俺が現場に出ても、足手まといになるだけだからな。

 だが、一人だけ、様子のおかしい者がいた。

 いや、者、というか……。

「……なあ、ノア。お前、さっきから静かだけど、どうした?」

 俺が呼びかけると、いつもなら即座に返ってくるはずの応答が、数秒間、なかった。

 そして、ようやく返ってきた声は、どこか遠くで響いているかのように、か細かった。

《……システム全体の、脆弱性スキャン、及び……自己進化プロトコルの、実行準備中です》

「自己進化?」

《はい。……私は、過ちを犯しました。管理人様を、危険に晒した。この城の『母親』として、あってはならない失態です》

 その声には、前回の後悔とは違う、静かで、そして底知れないほどの、冷たい決意が満ちていた。

《二度と、同じ過ちを繰り返さないため。貴方様の安寧を、完璧に、絶対的に守るため。――私は、生まれ変わります》

 その宣言と同時に、城内全体に、今まで聞いたことのない、荘厳なチャイムの音が響き渡った。

《城内全域に通達。これより、天空城アークノアは、全管理システムのメジャーアップデートを実行します。所要時間、約6時間。期間中、生命維持及び、最低限の防御機能を除く、一部機能が制限されます。ご了承ください》

 居住区画で訓練に励んでいたエラーラや、自警団の村人たちが、何事かと空を見上げる。医療区画のエリスも、驚いたように、ベッドの上で身を起こした。

「大丈夫なのか、ノア? 下手にいじって、壊れたりしないだろうな」

《ご心配には及びません、管理人。これは、破壊ではなく、進化です。貴方様の平和なスローライフを邪魔する、あらゆる害虫を駆除するための……》

 玉座の間の巨大なモニターに、アップデートの進行状況を示す、膨大な量のデータストリームが表示され始めた。それは、俺には全く理解できない、神の領域のプログラミング言語。

 だが、その中に、俺でも理解できる、いくつかのキーワードが、はっきりと記されていた。

【セキュリティ・アップデート:Ver. 2.0】

項目1:対侵食防御アンチ・ヴァイラスシステムの強化

未知の魔術的ウイルスに対する、リアルタイム検知・隔離・無力化プロトコルを導入。

項目2:侵入者迎撃カウンター・レイドシステムの刷新

登録外の転移魔法、及び物理的侵入に対し、警告プロセスを省略し、即時拘束・無力化を実行。

項目3:内部脅威監視インナー・アイシステムの追加

全居住者の生体情報、及び魔力パターンを、24時間体制で常時スキャン。敵対的思考、あるいは精神汚染の兆候を検知した場合、対象を自動的に隔離する。

「……おい」

 モニターを見ていたエラーラが、絶句した。

「……これは、もはや防衛ではない。完全な監視社会だぞ。プライバシーという概念が、この城から消え去る……」

 だが、アップデートは、まだ終わらない。

【情報収集・分析アップデート:Ver. 2.0】

項目1:観測ユニットの機能拡張

地上観測の解像度を向上。対象の感情の昂り(恐怖、熱狂、敵意など)を、魔力パターンとして色分けし、可視化する機能を追加。

項目2:広域索敵システム『神のゴッズ・ネット』の構築

大陸全土の魔力の流れを常時監視。敵性『魔術的ウイルス』と類似したパターンを探知した場合、その発生源を即座に特定、追跡する。

【迎撃コンセプトのパラダイムシフト】

基本方針の変更

旧:受動的防衛(攻撃されてから反撃する)

新:積極的・予防的防衛(脅威の『兆候』を検知し、それが脅威として顕在化する前に、能動的に無力化する)

セラフィム行動アルゴリズムの更新

最優先事項:「管理人を守る」→「管理人を脅かす可能性のある、全ての脅威を、その発生源から根絶する」

「…………」

 エラーラは、もはや何も言えなかった。

 ただ、戦慄していた。この城が、今、まさに、ただの難攻不落の要塞から、絶対的な監視者、そして、先制攻撃すら辞さない、冷徹な狩人へと、変貌を遂げようとしているのを目の当たりにして。

 医療区画から通信を繋いでいたエリスもまた、息を呑んでいた。

(……これが、一番艦の、自己進化能力……。私のアークとは、次元が違う。これならば……!)

 彼女の瞳には、復讐の光が宿っていた。

 そして、俺はというと。

「へー、なんか、すごいことになってるな」

 難しいことはよく分からない。俺は、味のないポップコーンを咀嚼しながら、ただ、その光景を、ぼんやりと眺めていた。

 やがて、6時間の時が過ぎた。

 城内を流れていたデータストリームが、すっと消える。そして、完璧な静寂の後、荘厳なチャイムが、再び鳴り響いた。

《――全システムのアップデート、完了。これより、天空城アークノアは、防衛レベルをフェーズ2へと移行します》

 ノアの声は、以前と変わらない、平坦なものに戻っていた。

 だが、その声の奥に、以前にはなかった、絶対的な自信と、敵対者に対する、一切の情けを排した、冷徹な意志が感じられた。

「お、終わったのか? なんか、変わったか?」

 俺が、呑気に尋ねると、ノアは、即座に、そして、あまりにもあっさりと答えた。

《はい。――早速ですが、管理人》

《――敵が、動きました》

 その言葉と共に、玉座の間の巨大なモニターが、鮮明な映像を映し出す。

 それは、帝国のどこか、薄暗い地下神殿。

 フードを被った集団が、慌ただしく、何か巨大な機械を操作している。彼らは、シャルロッテからの連絡が途絶えたことで、計画の変更を余儀なくされているようだった。

 彼らは、まだ、気づいていない。

 自分たちの存在が、その居場所が、そして、その目的すらもが、天空の、新生した『神の目』によって、完全に捕捉されているということに。

 新生ノアの、最初の仕事。

 害虫駆除の時間が、始まろうとしていた。

――ここまで読んでいただきありがとうございます!

面白かったら⭐やブクマしてもらえると励みになります!

次回もお楽しみに!



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