68.観測
《――この、不活性なウイルスのデータパターンですが、先日、貴官が地上の戦闘を観測していた際、グラドニア帝国の帝都で発生した、原因不明の連続爆発事件の現場で検出された、謎のエネルギー残滓のパターンと、99.8%、一致します》
ノアが告げたその事実は、メインポートの空気を、絶対零度まで凍りつかせた。
俺の頭の中で、全く無関係だと思っていた二つの出来事が、強引に結びつけられる。
エリスの故郷を滅ぼした、宇宙からの侵略者。
帝都を血の祝祭に変えた、地上に潜むテロリスト。
それが、同じ技術を使っていた?
「……99.8%? ってことは、100%じゃないんだろ?」
沈黙を破ったのは、俺の、あまりにも間の抜けた質問だった。
「ひょっとしたら、まあ、親戚みたいな、他人の空似ってやつじゃないか?」
「――貴様は、まだ、この状況の深刻さが分からんのかッ!」
俺の隣で、エラーラが、珍しく感情を爆発させた。
「敵は、空の上だけにいるのではない! すでに地上に降り立ち、我々の中に紛れ込んでいるということだぞ! あの帝都の惨劇は、奴らの仕業だったのだ!」
エラーラの絶叫が、俺の楽観的な思考を、現実へと引き戻す。
そうだ。これは、もう、他人事ではない。
奴らの狙いが『アニマ・コア』である以上、この城も、そして俺自身も、明確なターゲットだ。
俺の平穏なスローライフは、もはや風前の灯火。俺の知らないところで、とっくの昔に、宣戦布告はされていたのだ。
「……」
俺たちのやり取りを、シャルロッテは、完璧なポーカーフェイスの下で、内心の激しい動揺を隠しながら聞いていた。
(……一致……? まさか……!)
彼女の脳裏で、バラバラだったパズルのピースが、恐るべき形に組み上がっていく。
リーダーが求めていた、『緑色の心臓』。
エリスという少女が、その身に宿すコア。
そして、帝都で我らが行った『清めの儀』。あれは、ただのテロではなかった。アルカディアを破壊した『魔術的ウイルス』の、地上における実戦投入テストだったのだ。
我らが崇拝する主君は、神などではない。宇宙を股にかける、未知の侵略者。あるいは、それと手を結んだ、狂信者の集団。
自分は、一体、どれほど恐ろしい計画の、駒の一つとして動いていたのか。シャルロッテは、その背筋を、冷たい汗が伝うのを感じていた。
「……どうすればいいんだ」
俺は、心の底から、途方に暮れて呟いた。
敵は、地上にいる。だが、その正体は、フードを被った謎の集団ということ以外、何も分からない。
俺が地上に降りて、探偵ごっこのようなことをするのか? 絶対に嫌だ。
《管理人》
俺の悩みを見透かしたかのように、ノアが、冷静な声で提案した。
《本城の安全を確保するためには、まず、敵の地上における活動状況を、正確に把握する必要があります。グラドニア帝国、特に帝都ヴァイスの、常時監視を推奨します》
「監視、か。でも、どうやって? ここからじゃ、豆粒にしか見えないぞ」
その、俺の素朴な疑問に、ノアは、こともなげに答えた。
《問題ありません。権限レベル4にて解放された『機械製造指示』の権能を行使し、本城の外壁に、超長距離・高解像度の『観測ユニット』を複数、設置します。これにより、地上にいながら、帝都の街角で交わされる囁き声すら、リアルタイムで傍受することが可能となります》
「……なにそれ」
俺は、思わず聞き返した。
「それって、つまり、超高性能な、盗撮と盗聴ができる、望遠鏡ってことか?」
《……概ね、その解釈で間違いありません》
その瞬間、俺の頭の中に、稲妻のような閃きが走った。
そうだ。その手があったじゃないか。
地上に降りる必要なんて、全くない。
俺は、この世界で最も安全な、天空の特等席から、地上の全てを、覗き見ることができるのだ。
「――よし! それだ! やってくれ、ノア!」
俺は、すっかり元気を取り戻し、目を輝かせながら叫んだ。
「最高のやつを頼む! 地上の奴らの、鼻の頭の毛穴までくっきり見えるくらいの、最高のやつをな! あと、ついでにポップコーンも! 今度こそ、ちゃんとジャンキーなやつを頼むぞ!」
俺の、あまりにも呑気で、不謹慎な命令。
それを聞いたエラーラは、怒る気力も失せたのか、深すぎるため息をついて、天を仰いだ。
シャルロッテは、その完璧な微笑みの下に、安堵と、そして、新たな恐怖を同時に感じていた。
(……これで、私の帝国との通信も、全て筒抜けになる……? いや、それよりも、この城の、神の如き観測能力……!)
こうして、俺の、全く意図しないところで、天空城アークノアは、地上世界に対する、絶対的な『観測者』となった。
それは、俺にとって、最高の暇つぶしの道具。
そして、地上の人間たちにとっては、プライバシーも、秘密も、何もかもが丸裸にされる、新たな時代の幕開けを意味していた。
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