61.ポットじゃなくてポッド
帝国との不可侵条約が結ばれてから、半年が過ぎた。
俺の生活は、もはや堕落の極みにあった。
シャルロッテが作る極上のスイーツは、日替わりで俺の舌を喜ばせ、AIノアは、俺の健康状態を完璧に管理し、最高の睡眠環境と適度な(そして最低限の)運動を促す。
エラーラは、俺に文句を言うことすら諦めたのか、最近はもっぱら居住区画の警備隊長のようなことをして、村人たちの訓練に付き合っている。そのおかげで、玉座の間に彼女の姿はあまりなく、俺の平和はさらに盤石なものとなっていた。
「……平和だ。実に、平和すぎる」
玉座の上で、俺は出来立てのモンブランを頬張りながら、心からの満足のため息をついた。
これだ。これこそが、俺が追い求めていた、究極のスローライフ。
帝国からは、条約通り、定期的にシャルロッテの求める最高級の食材や、俺が暇つぶしに読むための物語本なんかが届けられる。彼らが、その裏で必死にこの城の技術を盗もうとしていることなど、俺は全く気づいていないし、興味もなかった。
そんな、完璧な日常が、永遠に続くかのように思われた、ある日の午後。
昼寝から目覚め、今日のおやつは何かな、と考えていた俺の頭に、ノアの、いつもより少しだけ緊張した声が響いた。
《管理人。国籍不明の小型飛翔体が、本城の防衛圏内に侵入。高速で接近中です》
「……ん? 帝国の船じゃないのか?」
《否定します。登録されているいかなる国家の識別信号とも一致しません。形状は……小型の、脱出ポッドのようなものです》
モニターに、その飛翔体の映像が映し出される。
流線型の、白い卵のような形をした、小さな船。だが、その船体は所々黒く焼け焦げ、明らかに満身創痍の状態だった。コントロールを失っているのか、きりもみ回転しながら、アークノアへと墜落してくる。
《脅威レベルは軽微。ですが、このままでは本城外壁に激突します。迎撃しますか?》
「いや、待て! 迎撃はするな! なんとか、安全に捕まえられないか?」
脱出ポッド、ということは、中に誰か乗っているのかもしれない。見殺しにするのは、さすがに寝覚めが悪い。
《……了解。牽引ビームにて、メインポートに強制着艦させます》
数分後。
俺は、エラーラと、物見高い村長、そして念のため呼び出した護衛兵『セラフィム』数体と共に、メインポートで固唾を飲んで成り行きを見守っていた。
白い卵のような船は、青白い光の帯に優しく包まれ、ゆっくりと、そして静かに、ポートの床へと着艦した。
シュー、という空気の抜ける音と共に、船のハッチが開く。
中にいたのは、一人の少女だった。
年の頃は、俺より少し下だろうか。長く、月光を思わせる銀色の髪。少し尖った耳はエルフのようだが、その顔立ちは、もっと神秘的で、人間離れした美しさを持っていた。
彼女は、見たこともない、植物の蔓を編んだかのような、不思議な服を身につけており、その胸元で、小さな緑色の宝石が、か細い光を明滅させていた。
少女は、ハッチが開くと同時に、まるで糸が切れた人形のように、床に崩れ落ちた。意識はない。
「……何者だ、この娘は」
エラーラが、警戒を露わにする。
俺は、倒れた少女に駆け寄ると、そっとその体を抱きかかえた。驚くほど軽い。そして、その体は、氷のように冷たかった。
「ノア! 彼女の状態は!?」
《バイタルサイン、極めて微弱。深刻な衰弱状態にあります。ただちに、医療区画への搬送を推奨します》
俺が頷くと、どこからともなく医療用のドローンが現れ、少女を慎重に担架に乗せて運んでいく。
その様子を、村長が、震える声で見守っていた。
「おお……陛下。またしても、新たなる民を、その大いなる御心でお救いになられたのですね……!」
(いや、今回は、完全に成り行きなんだが……)
その時、シャルロッテが、いつの間にかポートに現れ、少女が乗ってきた船の内部を、鋭い目で検分していた。
「陛下。この船、どこの国の紋章も、識別票もありませんわ。そして、この船を構成している金属……見たこともない合金です。帝国の技術では、到底作れない代物ですわ」
どこの誰かもわからない、謎の少女。
一体、どこから、何のために、この城を目指してきたのか。
俺が、新たな厄介事の予感に、小さくため息をついた、その時だった。
ノアの、今まで聞いたことのない、極めて冷静で、しかし、極めて危険な響きを持つ声が、俺の頭の中にだけ、直接響いた。
《――管理人。緊急報告です》
《ただ今、医療スキャンにより、漂着した生命体の体内に、正体不明の、極めて高密度のエネルギー体を検知しました》
《……そのエネルギーパターンは、本城の主動力炉のそれに、酷似しています》
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