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59.阿修羅像

 玉座の間に、静かな寝息が響いていた。

 俺たちの夢と希望を乗せて完成したはずの『全自動おやつ製造機マークⅡ』。その無慈悲な結末を前に、俺は完全にやる気をなくし、玉座の上でふて寝を決め込んでいた。

 床には、一口だけかじられた、見た目だけは完璧なチョコレートケーキが、虚しく放置されている。

 その光景を、シャルロッテ・フォン・シュタインは、完璧なポーカーフェイスの下に、複雑な感情を隠しながら見つめていた。

(……これが、この城の絶対的なルール。『母親の檻』)

 いかに完璧な設計図を描こうと、いかに高度な製造技術を駆使しようと、最後の最後で、全てを覆す絶対的な力が存在する。それは、法であり、摂理であり、そして、狂信的なまでの愛だった。

 彼女は、音もなくワゴンを片付けると、静かに自室へと戻っていった。夜は、彼女のもう一つの仕事の時間だった。

 シャルロッテに与えられた豪奢な客室。

 窓の外には、亜空間に浮かぶ偽りの月が、穏やかな光を投げかけている。

 彼女は、部屋の中央に立つと、化粧箱に偽装した通信機を起動させた。微かなノイズの後、フードの集団のリーダーの、感情の読めない声が響く。

『――報告を、シャルロッテ』

「はい。本日、管理人カインの提案により、新型の自動調理機械を製造しました。その過程で、城の物質生成技術の一端に触れることができましたが……」

 彼女は、マークⅡ開発の経緯と、最終的にAIノアの安全プロトコルによって、その目的が阻害されたことを、ありのままに報告した。

「……結論として、製造プロセスそのものを解析し、その秘密を解き明かすことは、現時点では不可能です。あのAIの監視は、完璧すぎます」

 失敗の報告。普通の組織であれば、厳しい叱責が飛ぶ場面だ。

 だが、リーダーの反応は、全く違っていた。

『……ククク。そうか。やはり、そうか』

 その声には、失望ではなく、むしろ歓喜の色が滲んでいた。

『神の御業を、人の矮小な知恵で測ろうとすること自体が、間違いなのだよ、シャルロッテ。焦ることはない。今回の件で、貴様は、管理人カインの信頼を、さらに深めたはずだ。それで、十分』

「……はい」

『引き続き、彼の側に仕え、その心を甘き菓子で満たしてやるがよい。我らが主君が、完全に心を許した時こそ、我らの福音は、天に届くのだからな』

 通信が、切れる。

 シャルロッテは、深いため息をついた。彼らの狂信は、時に、帝国のどんな命令よりも、重く彼女の肩にのしかかる。

 一息つく間もなく、彼女は、次の任務に取り掛かった。

 今度は、首にかけていた、一見するとただの美しい銀のネックレス。その宝石部分に、微かな魔力を通す。これは、帝国諜報機関『影の薔薇』から支給された、極秘の通信装置だ。

『……こちら、シュタイン。定期連絡です』

『シャルロッテか。遅いぞ。何か進展はあったのか』

 ネックレスから響くのは、彼女の直属の上官である、冷徹な男の声だった。

「いえ。先日ご報告した通り、この城の技術は、我々の理解を完全に超えています。本日も、新たな機械の製造に立ち会いましたが、その動力源、素材の生成原理、その全てが、ブラックボックスです。解析は、不可能です」

『不可能、だと? 貴様を送り込むのに、どれだけの費用と手間がかかったと思っている! 言い訳は聞かん! 何か、何か一つでも、帝国に持ち帰れる技術の断片を見つけ出せ! それが、貴様の任務だ!』

 上官の、苛立ちを隠さない声が、シャルロッテの鼓膜を打つ。

「……努力は、しております。ですが、この城の防衛システムは、あまりにも……」

『皇帝陛下は、お待ちにならんぞ! あの城の力は、帝国の未来を左右する! どんな手を使っても、必ずや成果を上げろ! いいな!』

 一方的な命令だけを残し、通信は、乱暴に切られた。

 シャルロッテは、ネックレスを握りしめ、静かにベッドに腰掛けた。

 一方からは、「神の御業は理解できなくて当然」と、狂信的な信頼を寄せられ。

 もう一方からは、「理解できないはずがない、成果を出せ」と、功利的な圧力をかけられる。

 どちらも、この城の、そして管理人カインの本質を、全く理解しようとはしていない。

(……私は、一体、何をしているのかしら)

 フードの集団の駒として。帝国のスパイとして。そして、天空城の『おやつ大臣』として。

 いくつもの仮面を使い分けるうちに、本当の自分が、わからなくなりそうだった。

 この城に来て、初めて感じる、深い孤独と、無力感。

 彼女は、逃げるように、ベッドに潜り込んだ。

 頭を空っぽにして、眠ろう。明日になれば、また、完璧なパティシエの仮面をかぶって、あの無邪気な王様に、最高のお菓子を届けなければならないのだから。

 シャルロッテは、重い悩みを抱えたまま、浅い眠りへと落ちていった。

――ここまで読んでいただきありがとうございます!

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次回もお楽しみに!



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