54.招待状①
「――よし、できた!」
玉座の間で、俺は満足げに声を上げた。
目の前には、俺の命令に忠実に従って、ノアが製造したピカピカの機械――『全自動おやつ製造機マークⅠ』が鎮座している。これで、俺の長年の夢だった「絶対に苦くないお菓子」が食べ放題になるはずだ。
俺は、早速「甘いチョコレート」と指示を出してみる。
機械は軽快な音を立てて動き出し、コトン、と一個のチョコレートを排出した。
期待に胸を膨らませて、それを口に放り込む。
「……なんか、違う……」
確かに、苦くはない。だが、甘みも、風味も、何か決定的に足りない。まるで、砂糖の味しかしない粘土を食べているかのようだ。
どうやら、俺の指示が、あまりにも素人すぎたらしい。
「専門家がいないと、ダメか……」
俺は、深いため息をついた。そうだ、この城には、お菓子作りに詳しい人間が一人もいないのだ。
ならば、どうするか。答えは、一つしかなかった。
「なあノア。また、招待状を作って、帝国のどっかの街に落としてくれないか? 今度は、腕のいいお菓子職人とかが来てくれると嬉しいんだけど」
俺の、あまりにも安直で、あまりにも無責任な思いつき。
それが、再び地上の運命を大きく揺るがすことになるとは、知る由もなかった。
【グラドニア帝国 仮設王城】
ドラゴン襲撃によって完全に崩壊した王城。
皇帝ゲルハルトは、かろうじて無事だった南の離宮を、仮の執務室としていた。かつての栄華の面影はなく、部屋には、復興計画の地図や、各地からの報告書が山のように積まれている。
(……どうすれば、いい)
皇帝は、頭を抱えていた。
ファルケンも、西の魔女も、そして竜も、全て退けた。だが、帝国が受けた傷は、あまりにも深い。
そして何より、全ての元凶である、あの空に浮かぶ災厄は、今も変わらず、そこにいる。
力で挑んでも無意味。無視をすれば、気まぐれで都市を消される。
どうすれば、あの予測不能な神の遊びから、帝国を守れるのか。
その時だった。
ピリ、と。肌を刺すような、嫌な予感が、ゲルハルトの背筋を走った。
それは、かつて帝都の広場で、そして、腰を痛めたあの時にも感じた、屈辱と理不尽の気配。
「……まさか」
皇帝は、椅子から飛びのくように、身構えた。
天井を見上げ、窓の外を警戒する。
ヒュン、と風を切る音。
窓から飛び込んできた、小さな金属の影。
それは、壁に飾られていた、先の大戦で砕けた英雄の盾に「カキン!」と跳ね返り、放物線を描いて、ゲルハルトの頭に、ゴツン、と、心地よい音を立てて命中した。
「…………」
皇帝は、声も出なかった。
床に落ちた、見覚えのある、豪奢な金属のカード。
そして、じんじんと痛む、頭のてっぺん。
彼の内側で、言葉にならない、マグマのような絶叫が渦を巻いた。
(またか! また、これなのか! なぜ、いつも私の頭なのだ!)
だが、数秒後。
皇帝は、その怒りを、すうっと、心の奥底に沈めた。
そうだ。怒っても、無意味だ。相手は、こちらの常識が一切通じない、赤子同然の神様なのだから。
そして、これは、ただの嫌がらせではない。
(……好機だ)
皇帝は、そう考えた。
あの無能な城主が、再び、地上との接触を求めている。
前回の外交は、失敗に終わった。だが、それは、リヒャルトが城主を侮り、城そのものの逆鱗に触れたからだ。
今度こそ、違う。
城主とではなく、あの城を守るシステムそのものと、対話をするのだ。
「――来い! 重臣どもを集めよ!」
ゲルハルトは、額のたんこぶを押さえながら、覇王の威厳を取り戻して叫んだ。
集まった大臣たちを前に、彼は、床に落ちた招待状を拾い上げ、高らかに宣言する。
「我々は、これより、天空城へ、正式な外交使節団を送る! これは、懇願でも、降伏でもない! 対等な国家間の、対話である!」
その言葉は、帝国の、新たな戦いの始まりを告げていた。
今度の武器は、剣でも、魔法でもない。
ただひたすらに、忍耐と、誠意と、そして、決して本心を悟らせぬ、究極の『交渉』だった。
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