51.雌雄を決す人と龍④
絶対的な切り札を、いとも容易く回避された。
魔力も、体力も、もはや限界に近い。
地上では、帝都の民が絶望に息を呑み、玉座の間では、皇帝ゲルハルトが顔を覆っていた。誰もが、大英雄の敗北を、そして帝都の終わりを覚悟した。
だが、当の本人――ジークフリートだけは、全く恐れていなかった。
彼は、天を舞う竜を睨みつけ、ニヤリと、百戦錬磨の戦士だけが浮かべる笑みを浮かべた。
「……面白い。面白いではないか、トカゲめ。貴様のような骨のある敵は、魔王以来だ」
彼は、再び大剣を構える。
「――ならば、こちらも、出し惜しみはなしだ!」
ジークフリートがそう宣言すると、先ほど消え去ったはずの偽りの夜空が、再び帝都の上空に現れた。一度ならず、二度までも、昼を夜に塗り替える。常識では考えられぬ、神業。
満月が、再び老いた英雄に、その力を惜しみなく注ぎ込む。
「いくぞ、第二ラウンドの続きだ!」
ジークフリートの体が、銀色の闘気に包まれる。
次の瞬間、彼の姿は、地上から消えていた。
いや、違う。あまりにも速すぎるのだ。
老いた英雄は、月の光そのものと化したかのように、空を縦横無尽に駆け巡り、竜に対して、目にも留まらぬ速度の連続斬撃を叩き込み始めたのだ。
ガッ、ガッ、ガギンッ!
竜の硬い鱗が、月の光を帯びた剣によって、次々と砕け散っていく。
竜は苦痛に咆哮し、炎を吐き、尻尾を振り回すが、その全てが、幻影のように舞うジークフリートを捉えることはできない。
「――おまけだ!」
そして、ジークフリートは、竜の頭上を取ると、大剣に再び消滅の光を宿らせた。
二度目の【アニヒレーター】。
しかし、今回は詠唱がない。その分、威力は先ほどよりも格段に劣る。
だが、それで十分だった。
至近距離から放たれた消滅の光は、竜の巨大な翼の付け根を、完全に抉り取った。
「ギシャアアアアアアアアアアッ!!」
翼を片方もぎ取られた竜は、バランスを失い、凄まじい轟音と共に、帝都の廃墟へと墜落していく。
砂塵が晴れた後、そこにいたのは、翼を失い、もはや飛ぶことのできない巨大なトカゲだった。
その前に、ジークフリートが、ゆっくりと舞い降りる。
「どうした、トカゲめ。翼がなければ、ただのデカい図体ではないか」
老いた英雄は、消耗しているはずなのに、どこまでも楽しそうに、ドラゴンを挑発した。
「さて……そろそろ、本当のフィナーレといくか」
ジークフリートは、天の満月に、最後の一瞥をくれる。
夜空が、彼に応えるかのように、ひときわ強く輝いた。
全ての月の力を、その一撃に込めて。
彼は、地上でもがく竜に向かって、全力の大剣を、振り上げた。
【天空城アークノア 玉座の間】
その頃、俺は、玉座にふんぞり返り、目の前のモニターに釘付けになっていた。
手には、ノアが渋々作った、バター(もどき)と岩塩(ミネラル豊富)味のポップコーン。
「おー、おー、すげえ」
モニターに映し出される、特撮映画さながらの大立ち回りに、俺は、ただただ感心していた。
あのじいさん、めちゃくちゃ強いじゃないか。さっきまで負けそうだったのに、急に空を飛び回って、ビームまで撃ち始めた。
「やるなあ、じいさん。頑張れー」
俺は、ポップコーンを口に放り込みながら、完全に他人事として、その壮大な戦いを鑑賞していた。
地上の存亡をかけた死闘は、俺にとっては、最高の暇つぶしでしかなかった。
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