50.雌雄を決す人と龍③
「……なんか、味が薄い」
玉座の間で、俺は腕を組んで唸っていた。
目の前には、ノアが生成した、湯気の立つポップコーン。見た目は完璧だ。だが、肝心の味が、どうにも物足りない。
「なあノア、これ、本当に塩とバターたっぷりか?」
《はい。管理人様の健康を最大限考慮し、大陸最高峰『竜の背骨山脈』の古代地層から採掘された、ミネラル豊富な天然岩塩のみを使用しました。バターに関しましては、脂質の過剰摂取を避けるため、植物由来の代替品にて風味を再現しております》
「だからだよ!」
俺は思わず叫んだ。「俺が求めてるのは、体に悪そうな、あのジャンキーな味なんだ! なんで、こういう時だけ薬草とか使わないんだよ! むしろ、そっちの方がまだマシだったぞ!」
俺の切実な訴えを、ノアは完璧な沈黙で受け流す。
その様子を、少し離れた場所で、エラーラが「また始まった」とでも言いたげな、生暖かい目で見守っていた。
【帝都ヴァイス 上空】
その頃、地上では、伝説と伝説の戦いが、新たな次元へと突入しようとしていた。
「……はあっ……はあっ……!」
大英雄ジークフリートの呼吸は、荒くなっていた。老いた肉体は、既に限界に近い。だが、その瞳に宿る闘志の炎は、少しも衰えてはいなかった。
(……一撃。次の一撃で、全てを決める)
彼は、竜との距離を大きく取ると、その身の丈ほどもある大剣を、天に掲げた。
そして、古の言語による、長く、荘厳な詠唱を始める。
「――古の契約に基づき、我が魂に星辰の力を降ろさん。夜空を巡る七つの星よ、常闇を裂く月の刃よ、我が剣に集え。万物を砕き、理を滅し、原初の無へと還す、絶対の光となれ――」
ジークフリートの詠唱に呼応し、昼間であるはずの空に、七つの星の幻影が浮かび上がる。その光が、全て、彼の大剣へと吸い込まれていった。
剣が、もはや直視できぬほどの輝きを放つ。
「奥義が究極――聖剣解放【アニヒレーター】ッ!!」
放たれたのは、もはや斬撃ではなかった。
空間そのものを歪ませながら進む、純粋な『消滅』の光の柱。それが、空を舞う隷属の竜へと、一直線に迫っていく。
回避不能。防御不能。絶対的な一撃。
誰もが、竜の敗北を確信した、その時だった。
ドラゴンは、驚くべき行動に出た。
迫りくる光の柱から逃げるのではなく、その巨大な顎を、真下――帝都の地面へと向けたのだ。
ゴオオオオオオオオオオオ!
先ほど王城を消し飛ばしたブレスには及ばないものの、凄まじい熱量の炎が、一点に集中して地面に叩きつけられる。
大地は瞬時に蒸発し、巨大なクレーターを形成。そして、その爆発的な噴射圧と衝撃波が、竜の巨体を、まるでロケットのように、真上へと押し上げたのだ!
ドゴォォォン!
アニヒレーターの光の柱は、急上昇した竜の、ほんの数メートル下を、空しく通り過ぎていった。
そして、遥か上空の雲を突き抜け、夜空の幻影に大穴を開けて、消えていく。
「……なっ!?」
ジークフリートは、信じられないものを見たかのように、目を見開いた。
ブレスを推進力にして、攻撃を回避する。それは、ただの獣の膂力ではない。卓越した戦闘知性がなければ、到底不可能な芸当だった。
絶対的な切り札を失った老英雄を、天上の竜が、冷たい瞳で見下ろしていた。
戦況は、再び、絶望的なものへと傾き始めていた。
――ここまで読んでいただきありがとうございます!
面白かったら⭐やブクマしてもらえると励みになります!
次回もお楽しみに!