5.指紋認証なのか手の平認証なのか体温認証なのか魔力認証なのかどうでもいい!!
過保護すぎるゴーレムを先頭に、俺は第一動力伝達セクターの奥へと進んでいく。
先ほどまでの死の恐怖が嘘のように、今は奇妙な安心感があった。何せ、俺に害をなす可能性があると判断されれば、蝿一匹だろうと問答無用で排除してくれるのだ。これほど頼もしい護衛もいないだろう。
やがて、光のラインは広大な空間で停止した。そこには、俺の家よりも巨大な機械の塊が鎮座している。無数のランプは沈黙し、複雑怪奇なパネルが並ぶ、補助ジェネレーターだ。
「……で、これをどうやって動かすんだ?」
見るからに素人が触っていい代物ではない。スキルもない俺に、こんなものを再起動できるとは思えなかった。ダメ元で、俺はノアに尋ねる。
《中央の円いパネルに、管理人の手を認証させてください》
「え、それだけ?」
《はい》
言われるがままに、俺は巨大な機械に埋め込まれたパネルに、恐る恐る手をかざした。
瞬間、パネルが青白い光を放ち、俺の手のひらをスキャンするような光が走る。直後、静まり返っていたジェネレーターが「ウィィィン……」という低い起動音と共に、ゆっくりと生命感を取り戻していく。沈黙していたランプが、次々と緑色の光を灯し始めた。
《補助ジェネレーター1基目、再起動完了》
……あまりにも、簡単すぎた。
てっきり、複雑なパズルでも解かされるのかと身構えていたのに。
続く2基目、3基目も、何の苦労もなく、ただ手をかざすだけで再起動は完了した。まるで、王様が家来に命令するだけの、簡単なお仕事だ。
そして、3基目のジェネレーターが完全に起動した瞬間、ノアが告げた。
《管理運営トライアル、クリアです。報酬として、管理人権限レベルを2に引き上げます》
「おお……!」
レベルが上がったと言われても、体に変化はない。だが、これで地上に降りるという目標に一歩近づいたのは事実だ。大きな仕事を終えた満足感に浸りながら、俺は玉座の間に戻ることにした。
再びゴーレムを従え、今や薄明るくなったセクターを引き返す。
その道中、俺はふと、あることに気づいた。先ほど、ゴーレムが蝿を叩き潰すために破壊した壁。巨大なクレーターができていたはずの場所が、綺麗さっぱり元通りになっているのだ。傷一つない、滑らかな壁に。
「ノア、この壁……直したのか?」
《はい。内部隔壁の破損を検知したため、予備資源を使用し、自動修復しました》
「予備資源?」
《本城が機能停止してから現在までの13万2851年間、大気中から自動収集し続けた物質資源です。現在の備蓄量は、最大容量の98.7%です》
「……じゅう、さんまんねん?」
俺はその途方もない時間の長さに、めまいを覚えた。俺たち人類の歴史が始まって、一体何年経つというんだ。その間、ずっと、この城は空の上で資源を集め続けていた?
そして、俺はあるとんでもない可能性に思い至り、ゴクリと唾を飲んだ。
「……なあ、ノア。その資源ってのは、つまり、色々な物質の元になるものってことか? それで、食べ物も作れるのか? 例えば……肉とか」
《可能です。質量、調理法を指定してください》
可能。その一言に、俺の心臓は高鳴った。
「じゃ、じゃあデカいステーキ! 焼き加減はウェルダンで!」
俺がヤケクソ気味に叫ぶと、すぐ近くの通路の壁の一部が、音もなくスライドして開いた。
そして、立ち上る湯気と共に、銀の皿が現れる。
皿の上には、こんがりと焼き目がついた、俺の顔よりも巨大なステーキが乗っていた。じゅうじゅうと肉汁が溢れ、食欲をそそる香ばしい匂いが鼻腔をくすぐる。
調理時間は、ゼロ。命令した瞬間に、それはそこにあった。
俺は、自分が手に入れたものの本当の凄さを、ようやく、ほんの少しだけ理解し始めた。
これは、ただの兵器じゃない。
望むものを、望むままに、一瞬で作り出す、万能の創造主の権能そのものだ。
平穏で怠惰なスローライフが、とんでもない形でグレードアップした瞬間だった。
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