49.雌雄を決す人と龍②
「――大英雄様の、第2ラウンドだ!」
ジークフリートの雄叫びは、絶望に沈む帝都の民の、最後の希望となった。
空中で、老いた英雄と巨大な竜が激突する。
隷属の竜が、灼熱のブレスの奔流を吐き出す。それは、先ほど王城を消し飛ばした一撃には及ばないものの、並の騎士団であれば一瞬で蒸発させるほどの熱量。
だが、ジークフリートは、その炎の川の中を、まるで猛禽が嵐を突っきるかのように、一直線に突き進んだ。
「甘い!」
彼の纏う白銀の鎧が、炎を弾き、その身を守る。
一気に竜の懐へと潜り込んだジークフリートは、その身の丈ほどもある大剣を、黒曜石のような竜の鱗に叩きつけた。
ゴォン!
まるで、巨大な鐘を突いたかのような、重い衝撃音。
竜は、苦痛に咆哮し、その巨体をよじらせる。だが、鱗はあまりにも硬く、致命傷には至らない。
「……硬いな、このトカゲめ!」
体勢を立て直した竜の、巨大な尻尾が、薙ぎ払うようにジークフリートを襲う。
空中で回避しきれないと判断した英雄は、大剣を盾にしてその一撃を受けた。
凄まじい衝撃。
ジークフリートの体は、砲弾のように弾き飛ばされ、半壊した王城の壁に激突し、凄まじい轟音と共に瓦礫の中に姿を消した。
「……ジークフリート殿!」
その光景を、地上から見ていた皇帝ゲルハルトが、絶望の声を上げる。
だが、数秒後。
「……まだまだ!」
瓦礫の山が内側から吹き飛び、老いた英雄が、再びその姿を現した。その口元からは血が流れているが、瞳の光は、少しも衰えていない。
伝説と伝説の死闘は、始まったばかりだった。
【天空城アークノア 玉座の間】
その頃、俺は、玉座に寝そべりながら、地上の様子を映し出すモニターを、ぼんやりと眺めていた。
操縦ミスで街を一つ消してしまってからというもの、ノアが「管理人様の安全のため」とか言って、常に外部の監視映像をモニターの隅に表示するようになったのだ。
「……お、なんかやってるな」
モニターの隅には、でっかいトカゲと、キラキラ光る鎧を着たじいさんが、派手な光と炎を撒き散らしながら戦っている様子が映し出されていた。
特撮映画か何かだろうか。なかなかの迫力だ。
「管理人。地上にて、カテゴリーAクラスの大規模エネルギー反応を複数検知。対象は、竜種および、特異個体『大英雄』と識別。本城への脅威レベルは、引き続き『軽微』です」
「はいはい、そりゃどうも」
俺は、ノアの定時報告を、気のない返事で聞き流す。
正直、地上がどうなろうと、俺の知ったことではない。俺が今、最も関心を持っているのは、もっと重要な問題だった。
「なあ、ノア」
《はい、管理人》
「ポップコーンって作れるか?」
《……ポップコーン、ですか?》
「そう。あの、映画館とかで食べるやつ。塩と、バターがたっぷりかかった、あの背徳感の塊みたいなやつだ。間違っても、健康に配慮して、油を使わないヘルシーなやつとか作るなよ。絶対だぞ」
俺の、あまりにも真剣な要求に、ノアは数秒間、沈黙した。
そして、いつも通りの、平坦な声で答えた。
《……承知しました。高カロリー、高塩分の嗜好品として生成します》
よし!
地上の英雄が、国の存亡をかけて、命がけの死闘を繰り広げている、まさにその時。
天空の管理人は、最高にジャンキーなポップコーンが食べられることに、心からの喜びを感じていた。
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