48.雌雄を決す人と龍①
帝都ヴァイスは、血の祝祭の傷跡から、少しずつ立ち直ろうとしていた。
皇帝ゲルハルトは、北の魔女リディアの庇護の下、反乱分子の粛清と、民心の安定に努めていた。偽りの平和。誰もが、これ以上の悲劇は起こらないと、そう信じようとしていた。
だが、本当の絶望は、いつだって空からやってくる。
「――な、なんだ、あの影は……!?」
帝都の上空を監視していた兵士が、絶叫した。
雲を突き破って現れたのは、帝国の誇るワイバーンではない。鱗は黒曜石のように輝き、その翼は空を覆い尽くすほどに巨大な、まさしく伝説の獣――ドラゴン。
だが、その様子は異常だった。竜の瞳には理性の光がなく、太い首には、禍々しい紫黒の紋様が刻まれた、巨大な金属の首輪がはめられている。
それは、古代に禁忌とされた魔術。生物の魂を縛り、意のままに操る、『隷属化』の呪いだった。
「総員、迎撃用意!」
城壁の魔導砲が、慌ただしく竜へと照準を合わせる。
だが、竜は、そんな地上の矮小な営みなど、気にも留めていなかった。
その顎が、ゆっくりと開かれていく。喉の奥で、太陽の中心にも匹敵するほどの、凄まじい熱エネルギーが渦を巻いていた。溜めに、溜めた、一撃必殺のブレス。
次の瞬間、天を裂くほどの白光が、帝都の心臓部――王城を、直撃した。
音は、なかった。
ただ、光が、全てを飲み込み、全てを消し去っただけ。
やがて光が収まった時、そこに広がっていたのは、悪夢のような光景だった。
帝国の栄光の象徴であった王城。その東半分は完全に崩れ落ち、西半分は跡形もなく消滅していた。かろうじて形を留めているのは、北の魔女リディアが滞在していた北部分と、奇跡的に被害を免れた南部分だけ。
帝都は、再びパニックの渦に叩き落とされた。
「……やりすぎだねえ」
その惨状を、どこかからか、西の魔女モルガナの嘲笑う声が響いた気がした。
誰もが絶望に膝をつく、その時だった。
半壊した王城の瓦礫の中から、一人の男が、凄まじい勢いで飛び出してきた。
その手には、身の丈ほどもある巨大な剣。白銀の鎧は所々砕けているが、その闘志は、少しも衰えていない。
大英雄、ジークフリート。
「――小賢しい真似を!」
老いた英雄は、天を舞う隷属の竜を睨みつけ、大地を震わすほどの声で、高らかに叫んだ。
「前回は、あの性悪魔女に不覚を取ったが、もう負けん! 今度の相手は、ただのデカいトカゲ! 話が分かりやすくて結構だ!」
彼は、自らの足を大地に叩きつけると、その反動で、砲弾のように空へと跳躍する。
そして、全ての絶望を振り払うかのように、高らかに宣言した。
「――聞け、帝都の民よ! そして、竜を操るどこかの誰かよ! 大英雄様の、第2ラウンドだ!」
老いた英雄の雄叫びが、絶望に沈む帝都に、一筋の光を灯した。
伝説と伝説の、新たな死闘の幕が、今、上がった。
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