47.怠惰の極みの愚かな管理人
あれから、城は驚くほど静かになった。
国民たちは、俺が定めた法律――特に『昼寝の義務』を忠実に守り、俺のプライベートな時間を邪魔することはなくなった。
平和だ。実に、平和だ。
だが……。
「……暇だ」
玉座に寝そべりながら、俺は深いため息をついた。
人間というのは、勝手な生き物だ。騒がしければ静けさを求め、静かすぎれば刺激を求める。俺は今、猛烈に、何か面白いことを求めていた。
「そうだ、エデンに行こう」
前回はトライアルだったが、今回は純粋な探検だ。あの広大なジャングルには、まだ見ていない場所がたくさんあるはずだ。
俺は意気揚々と、第二食料庫『エデン』のゲートへと向かった。
そして、ゲートをくぐろうと一歩踏み出した、その瞬間。
ガシャァァァン!
目の前に、見覚えのある分厚いシャッターが降りてきた。
「……またかよ!」
《管理人様。なぜ、護衛兵を要請しないのですか?》
ノアの、心底呆れたような声が響く。俺は、すっかり忘れていた。
「わ、悪かった! 特級護衛兵、10体頼む!」
かくして、最強の護衛『セラフィム』を従えた俺のジャングル探検が始まった。
セラフィムたちは、俺の周囲を完璧な陣形で固め、一分の隙も見せない。その緊張感に、俺の冒険心も高まっていく。
……のだが。
一時間後。
「……特に、何もないな」
ただ、美しい景色が続くだけだった。キラキラ光る川、見たこともない色の鳥、のんびりと草を食む、ただの鹿。
危険な生物は、どうやら俺が近づく前に、セラフィムたちが音もなく「処理」しているらしい。結果として、俺の探検は、世界一安全で、世界一退屈な散歩と化した。
玉座の間に戻った俺は、暇つぶしの最終手段として、AIにちょっかいを出すことにした。
「ノア。重大な話がある」
俺は、わざと真剣な、神妙な声色を作った。
《はい、管理人。なんでしょうか》
ノアの返答も、心なしかいつもより緊張しているように聞こえる。よし、食いついた。
「さて、ここで問題です。その『重大な話』とは、一体何でしょう?」
《……》
俺のくだらないジョークに、ノアは、完璧な沈黙で返した。
無視が、一番こたえる。
「……」
エラーラに話しかけてみても、「そうか」「ああ」といった生返事ばかりで、会話は続かない。国民たちは、昼寝の義務を忠実に守っている。
俺は、本当に、やることがなかった。
「……温室にでも行くか」
最後に残された癒やしを求め、俺は、あの美しい植物園へと向かった。
そこは、相変わらずの楽園だった。色とりどりの花々が咲き乱れ、甘い香りが満ちている。
俺は、例の、中心が星空のように明滅する、純白の花の前で足を止めた。
「相変わらず、綺麗な青い花だなあ……」
その神秘的な美しさに、俺は、しばし見惚れていた。
その、直後だった。
ガシャン!
デジャヴを感じる金属音と共に、天井からシャッターが降りてきて、その花をピンポイントで覆い隠してしまった。
俺は、天を仰いだ。
そして、心の底から、思った。
「……呪物と危険物しか、ここにはないのかよ……!」
俺の退屈な一日は、今日もまた、平和に、そして少しだけ理不尽に、暮れていくのだった。
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