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45/121

45.開花⑤

 西の魔女モルガナは、勝利を確信していた。

 北の魔女リディアは倒した。残るは、玉座の間で震えているであろう、老いぼれの皇帝だけ。

 彼女は、崩れかけた王城の廊下を、まるで我が物顔でゆっくりと歩いていた。

 やがて、玉座の間の巨大な扉の前にたどり着く。

 彼女が、その扉に手をかけようとした、その時だった。

「――それ以上は、進ませない」

 凛とした、聞き覚えのある声。

 モルガナが振り返ると、そこに、いるはずのない女が立っていた。

 ボロボロだったはずのローブは、傷一つなく。全身を覆っていたはずの傷も、跡形もなく消えている。

『北の魔女』リディア。

「……なぜ、ここにいる!?」

 モルガナの表情に、初めて動揺の色が浮かんだ。

 部下に、娼館へ放り込むよう命じたはず。あの傷は、少なくとも数時間は意識が戻らないほどの深手だったはずだ。

「あらら。驚いているようだね、風の魔女さん」

 リディアは、悪戯っぽく微笑んだ。

 そして、信じられないことが起こる。

 廊下の柱の陰から、玉座の間の扉の横から、天井の梁の上から、次々と、全く同じ姿、同じ声を持つ『リディア』が、音もなく現れ始めたのだ。

 一人、二人、十人、百人……。

 やがて、王城の廊下は、無数の『北の魔女』によって、完全に埋め尽くされていた。

「な……!?」

「私が『殲滅タイプ』と言われる所以、教えてあげようか?」

 最初に現れたリディアが、楽しそうに解説を始める。

「私はね、自分の魔力を、無数の『分身体』に分割して、それぞれを独立して動かすことができるのさ。私の本体は、今頃、北の果ての氷の城で、温かい紅茶でも飲んでいる頃だろうね」

「――貴様が倒したのは、私の千ある分身のうち、たった一体に過ぎない、ということさ」

 道理で、弱すぎると思った。

 モルガナは、ようやく全てを理解した。

 リディアは、最初から本気ではなかった。ただ、時間稼ぎをしていただけなのだ。自分が油断し、部下を遠ざけ、一人になったこの瞬間を、作り出すために。

 完全に、誘い込まれた。

 周囲を埋め尽くす、無数のリディア。その全てが、自分と同等、あるいはそれ以上の魔力を持っている。もはや、逃げ場はない。

「……クク……アハハハハ!」

 だが、モルガナは、絶望的な状況で、笑った。

「そうか、そうか! それが、お前の奥の手か! 面白い! 実に、面白いじゃないか!」

 彼女は、敗北を認めない。いや、この状況ですら、まだ勝機を捨ててはいなかった。

「――ならば、見せてやろう! この私の、最後の悪足掻きを!」

 モルガナは、その身に残る全ての魔力を、自らの心臓部――魔力の源泉である『魂の核』へと、逆流させ、凝縮させ始めた。

 自爆。それも、ただの自爆ではない。この王城ごと、いや、帝都の半分を更地にするほどの、超極大の魔法を発動させるための、最後の切り札。

「――凍てよ」

 だが、無数のリディアたちは、モルガナがその最後の力を解放するのを、待ってはくれなかった。

 三百六十度、あらゆる方向から、絶対零度の氷結魔法が、一斉に、そして寸分の狂いもなく、モルガナへと殺到した。

「……あ……」

 西の魔女モルガナが、最後に見た光景。

 それは、自分を包み込む、あまりにも美しい、氷の結晶だった。

 彼女の体は、魂の核ごと、永遠の時の中に封じ込められ、やがて、キラキラと輝く氷の塵となって、静かに崩れ落ちていった。

 こうして、大陸を混沌に陥れた、伝説の魔女の一人は、その生涯に、完全な幕を下ろした。

 廊下に残ったのは、一体だけになったリディアと、床に落ちた、モルガナが被っていたフードの残骸だけだった。

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