43.開花③
帝都ヴァイスの地下神殿。
祭壇の水晶が放つ光が、一瞬、赤黒く明滅した。それは、派遣した駒――サイラスの生命反応が、完全に停止したことを示していた。
「……失敗、か」
リーダー格の男の、静かな呟き。その声には、苛立ちと、ほんのわずかな賞賛が混じっていた。
「北の魔女……リディア。さすがは伝説、といったところか。だが、我らの計画を、ここで止めるわけにはいかない」
リーダーは、祭壇に背を向け、闇の中で待機していた者たちに、沈黙の会釈で命じた。
(――プランBへ移行。待機部隊は、ただちに王城へ突入。皇帝ゲルハルトの首を刎ね、聖杯を奪還せよ)
その号令一下、帝都の闇に潜んでいた数十人のフードの戦闘員が、一斉に王城へと殺到した。テロによって混乱の極みにある今、王城の警備は手薄。容易に突破できるはずだった。
だが、彼らの前に、一人の女が、氷の彫像のように静かに立ちはだかっていた。
『北の魔女』リディア。
「――これより先は、通さぬ」
リディアがそう宣言すると、彼女とフード部隊との間に、巨大な氷の壁が、轟音と共に地面から突き出した。絶対零度の冷気を放つ、突破不可能な絶壁。
そのはずだった。
ヒュンッ!
突如、どこからともなく、鋭い風の刃が飛来した。
それは、リディアが作り出した氷壁を、まるで熱したナイフがバターを切るかのように、いとも容易く、そして綺麗に引き裂いたのだ。
「……!?」
リディアの表情に、初めて驚愕の色が浮かんだ。
ただの風ではない。この魔力の質、この鋭さ、この傲慢さ。彼女は、この風を知っている。
(……馬鹿な。この風は、西の魔女モルガナ。あの女は、確かに、あの場所で死んだはず……!)
モルガナを討ったのは、東の魔女テラと、大英雄ジークフリート。
あの老いぼれに、このような芸当は不可能。
ならば、答えは一つしかない。
(……テラ。あの土塊女め……!)
リディアの脳裏に、最悪の可能性がよぎる。
あの女、モルガナを完全に仕留めなかったのか? あるいは、わざと見逃し、その力を利用して、漁夫の利を得ようと企んでいるのか?
(いずれにせよ……私を、そして世界の均衡を欺いた代償は、高く払ってもらうぞ)
リディアの中で、同盟者であるはずの東の魔女への、冷たい怒りが燃え上がった。
彼女の思考を遮るように、氷壁の裂け目から、風をまとったフードの男が一人、飛び込んできた。
「――まずは、目の前の蝿か」
リディアは、その男に向かって、指先を向ける。
「凍てよ」
フードの男は、瞬時に巨大な氷塊に閉じ込められた。
だが、次の瞬間。
バキィィィン!
男は、自らの周囲に風の渦を発生させ、氷を内側から粉砕して、いとも容易く復帰する。
「――無駄だ」
男が腕を振るうと、鋭い真空の刃が、王城の巨大な城門を、斜めに切り裂いた。
ガラン、と音を立てて崩れ落ちる城門。
しかし、それが地面に激突するよりも早く、リディアが手をかざす。
砕けた城門の破片が、瞬時に氷と融合し、再構築され、元よりもさらに堅牢な氷の城門となって、その傷を塞いだ。
風が、破壊する。
氷が、創造する。
伝説級の力と力が、帝都の心臓部で、激しく衝突した。
リディアは目の前の敵と対峙しながら、その怒りの矛先を、この戦場にはいない、もう一人の魔女へと、静かに向けていた。
地上の戦いは、魔女たちの疑心暗鬼をも巻き込み、さらに混沌の度を深めていく。
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この世界では魔女は基本最強です。アークノアはさらに最強です。
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