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42/121

42.開花②

. 帝都が、紫黒の光と絶叫に包まれる、その直前。

 王城の玉座の間では、皇帝ゲルハルトが、新たな英雄サイラスの昇進を祝し、酒杯を交わしていた。

「クハハハ! 貴様の働き、実に天晴れであった! 今宵は無礼講だ、存分に飲むがよい!」

「はっ。ありがたき幸せにございます」

 サイラスは、恭しく頭を垂れる。その瞳には、忠誠以外の色は見えなかった。

 だが、遠くで最初の爆発音が響き、城が微かに揺れた、その瞬間。

 サイラスの纏う空気が、一変した。

「――時は、来た」

 その呟きは、忠実な兵士のものではなく、冷徹な狩人のそれだった。

 サイラスは、腰に提げていた剣を、音もなく抜き放つ。その動きは、あまりにも滑らかで、あまりにも速かった。

「……貴様、何を!」

 皇帝が、その裏切りに気づいた時には、もう遅い。

 サイラスの剣閃が、ゲルハルトの首筋へと、一直線に迫っていた。

 ガギィン!

 だが、その刃が皇帝の肌に届くことはなかった。

 ゲルハルトが身につけていた首飾りの宝石が、まばゆい光を放ち、魔法の障壁を展開したのだ。剣は障壁に阻まれ、甲高い音を立てて弾かれる。

 皇帝は、その衝撃で玉座から転げ落ちた。

「……ほう。帝国の至宝、『守護王の首飾り』か。さすがに、ただでは死んでくれんか」

 サイラスは、舌打ちをしながら、再び剣を構える。

「だが、そのお守りも、二度目は防げんぞ?」

「裏切り者めが!」

 皇帝は、驚愕と怒りに顔を歪ませながら、玉座の裏に隠された緊急脱出用の通路へと転がり込んだ。王城の防衛システムが作動し、次々と厚い隔壁が降りてくる。

「逃がすか!」

 サイラスは、その隔壁を、まるで紙でも斬るかのように、一太刀で両断しながら、皇帝を猛追する。

 王城の長い廊下で、絶望的な鬼ごっこが始まった。

 皇帝は、老体に鞭打ち、必死に逃げる。だが、サイラスの速度は、人間離れしていた。距離は、みるみるうちに縮まっていく。

 やがて、皇帝は、行き止まりの謁見の間に追い詰められた。

「……ここまで、か」

 ゲルハルトは、覚悟を決めた。壁に飾られていた儀礼用の剣を手に取り、裏切り者と対峙する。

「最後に聞け、サイラス! なぜだ! なぜ、この我を裏切る!」

「裏切り? 人聞きの悪いことを」

 サイラスは、心底おかしそうに、肩をすくめた。

「俺は、最初からお前の味方などではない。俺が忠誠を誓うのは、ただお一方――天空に座す、我らが真の主君のみ」

 その言葉に、皇帝は全てを悟った。

「……貴様、あのフードの……!」

「答え合わせは、地獄ででもするがいい。さらばだ、偽りの覇王よ」

 サイラスの剣が、とどめの一撃を放つべく、高く振り上げられる。

 その時だった。

 謁見の間の空気が、急速に凍てついていく。

 サイラスの吐く息が、白く凍り、振り上げた剣が、霜に覆われていく。

「――そこまでだ、裏切り者」

 静かな、しかし絶対零度の響きを持つ声。

 いつの間にか、皇帝の前には、青白い肌の女――『北の魔女』リディアが、音もなく立っていた。

「……北の魔女。邪魔をするか」

「皇帝の首は、まだ、ここで落ちるべきではない。世界の均衡が、崩れすぎる」

 リディアが、サイラスに向かって、そっと指先を向ける。

「――凍てつけ」

 その一言が、全てを決した。

 サイラスの足元から、青白い氷が、凄まじい速さで彼を包み込んでいく。抵抗する間も、悲鳴を上げる間もなかった。

 数秒後、そこには、剣を振り上げたままの姿勢で、完全に氷漬けにされた、英雄の彫像だけが残されていた。

 皇帝は、命の恩人である魔女を前に、ただ、呆然と立ち尽くすことしかできなかった。

 帝国の栄光は、今、まさに崩れ去ろうとしていた。

――ここまで読んでいただきありがとうございます!

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次回もお楽しみに!



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