41.開花①
帝都ヴァイスは、かつてないほどの熱狂に包まれていた。
天からの奇跡によるアンデッド軍団の消滅。その報せだけでも民衆を歓喜させるには十分だったが、そこに、決定的な勝利の報が舞い込んだのだ。
「――反逆者、ファルケン将軍の首級、ただ今、帝都に到着!」
その報せをもたらしたのは、一人の名もなき男だった。
男は、ファルケンの首を麻袋に入れて、たった一人で帝都の城門をくぐった。名はサイラス。素性も知れぬ、流れの傭兵を名乗る男。だが、彼が成し遂げた功績は、帝国のどの将軍よりも輝かしく見えた。
玉座の間。皇帝ゲルハルトは、麻袋から転がり出た、かつての腹心の首を、万感の思いで見下ろしていた。
「……見事だ、サイラスとやら。貴様の功績は、万の軍勢に匹敵する。望むものを言え。金か? 地位か? 女か?」
「私が望むのは、ただ一つ。この偉大なる帝国に、兵士として仕える名誉のみです」
サイラスは、静かに、しかし力強くそう言ってひざまずいた。
その忠誠心に、皇帝は心底満足した。
「クハハハ! 気に入った! 貴様を、本日付で帝国軍の少佐に任命する! 我が帝国の刃となり、その力を存分に振るうがよい!」
異例中の異例の大抜擢。だが、それに異を唱える者はいなかった。
サイラスは、まさに英雄だった。彼はすぐに頭角を現し、その卓越した剣技と、物腰の柔らかさで、瞬く間に兵士たちの信頼を勝ち取っていった。祝祭の酒場では、彼の周りには常に人だかりができ、「次は中佐への昇格も間違いない」と、誰もが噂した。
帝国は、内なる憂いを完全に断ち切り、新たな英雄を得て、その栄光の頂点にいると、誰もが信じていた。
その頃。帝都を見下ろす、打ち捨てられた教会の鐘楼で。
フードの集団のリーダーが、月明かりの下、盗み出した帝国の『聖杯』を、静かに掲げていた。
眼下では、帝国の民が、偽りの平和に酔いしれている。その光景を、彼は、まるで農夫が、収穫前の畑を眺めるかのように、満足げに見下ろしていた。
「……時は、満ちた」
リーダーがそう呟くと、聖杯が、禍々しい紫黒の光を放ち始める。
それは、聖なる遺物とは思えぬ、不吉な輝きだった。
「――さあ、始めよう。主君をお迎えするための、清めの儀を」
聖杯が、天高く振り上げられる。
その瞬間、帝都の至る所で、準備されていた『仕込み』が、一斉に発動した。
祝祭で賑わう、中央広場。
勝利の酒に酔っていた一人の兵士が、突然、苦しげに胸を押さえた。
「ぐ……あ……?」
彼の体が、聖杯と同じ、紫黒の光を放ち始める。
貴族たちが集う、華やかな夜会。
優雅に微笑んでいた一人の貴婦人が、悲鳴を上げる間もなく、内側から輝き出した。
兵士、商人、娼婦、役人、子供。
この日のために、時間をかけて、彼らの体に刻み込まれた、見えざる聖印。
帝国に潜伏していた、約300人の『種』。
彼らが、一斉に、大爆散した。
それは、炎や衝撃を伴うものではない。
ただ、肉体が、紫黒の光の奔流となって、周囲のあらゆるものを、無差別に融解させていく、呪いの爆発。
歓声は、阿鼻叫喚の絶叫に変わった。
勝利の祝祭は、一瞬にして、血と肉と、絶望が混じり合う、地獄の宴へと変貌した。
鐘楼の上で、リーダーは、その惨状を、恍惚とした表情で見つめていた。
「……素晴らしい。実に、美しい……」
帝国の栄光は、その頂点で、最も残酷な形で、内側から食い破られたのだった。
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