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41/121

41.開花①

 帝都ヴァイスは、かつてないほどの熱狂に包まれていた。

 天からの奇跡によるアンデッド軍団の消滅。その報せだけでも民衆を歓喜させるには十分だったが、そこに、決定的な勝利の報が舞い込んだのだ。

「――反逆者、ファルケン将軍の首級、ただ今、帝都に到着!」

 その報せをもたらしたのは、一人の名もなき男だった。

 男は、ファルケンの首を麻袋に入れて、たった一人で帝都の城門をくぐった。名はサイラス。素性も知れぬ、流れの傭兵を名乗る男。だが、彼が成し遂げた功績は、帝国のどの将軍よりも輝かしく見えた。

 玉座の間。皇帝ゲルハルトは、麻袋から転がり出た、かつての腹心の首を、万感の思いで見下ろしていた。

「……見事だ、サイラスとやら。貴様の功績は、万の軍勢に匹敵する。望むものを言え。金か? 地位か? 女か?」

「私が望むのは、ただ一つ。この偉大なる帝国に、兵士として仕える名誉のみです」

 サイラスは、静かに、しかし力強くそう言ってひざまずいた。

 その忠誠心に、皇帝は心底満足した。

「クハハハ! 気に入った! 貴様を、本日付で帝国軍の少佐に任命する! 我が帝国の刃となり、その力を存分に振るうがよい!」

 異例中の異例の大抜擢。だが、それに異を唱える者はいなかった。

 サイラスは、まさに英雄だった。彼はすぐに頭角を現し、その卓越した剣技と、物腰の柔らかさで、瞬く間に兵士たちの信頼を勝ち取っていった。祝祭の酒場では、彼の周りには常に人だかりができ、「次は中佐への昇格も間違いない」と、誰もが噂した。

 帝国は、内なる憂いを完全に断ち切り、新たな英雄を得て、その栄光の頂点にいると、誰もが信じていた。

 その頃。帝都を見下ろす、打ち捨てられた教会の鐘楼で。

 フードの集団のリーダーが、月明かりの下、盗み出した帝国の『聖杯』を、静かに掲げていた。

 眼下では、帝国の民が、偽りの平和に酔いしれている。その光景を、彼は、まるで農夫が、収穫前の畑を眺めるかのように、満足げに見下ろしていた。

「……時は、満ちた」

 リーダーがそう呟くと、聖杯が、禍々しい紫黒の光を放ち始める。

 それは、聖なる遺物とは思えぬ、不吉な輝きだった。

「――さあ、始めよう。主君をお迎えするための、清めの儀を」

 聖杯が、天高く振り上げられる。

 その瞬間、帝都の至る所で、準備されていた『仕込み』が、一斉に発動した。

 祝祭で賑わう、中央広場。

 勝利の酒に酔っていた一人の兵士が、突然、苦しげに胸を押さえた。

「ぐ……あ……?」

 彼の体が、聖杯と同じ、紫黒の光を放ち始める。

 貴族たちが集う、華やかな夜会。

 優雅に微笑んでいた一人の貴婦人が、悲鳴を上げる間もなく、内側から輝き出した。

 兵士、商人、娼婦、役人、子供。

 この日のために、時間をかけて、彼らの体に刻み込まれた、見えざる聖印。

 帝国に潜伏していた、約300人の『種』。

 彼らが、一斉に、大爆散した。

 それは、炎や衝撃を伴うものではない。

 ただ、肉体が、紫黒の光の奔流となって、周囲のあらゆるものを、無差別に融解させていく、呪いの爆発。

 歓声は、阿鼻叫喚の絶叫に変わった。

 勝利の祝祭は、一瞬にして、血と肉と、絶望が混じり合う、地獄の宴へと変貌した。

 鐘楼の上で、リーダーは、その惨状を、恍惚とした表情で見つめていた。

「……素晴らしい。実に、美しい……」

 帝国の栄光は、その頂点で、最も残酷な形で、内側から食い破られたのだった。

――ここまで読んでいただきありがとうございます!

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次回もお楽しみに!



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