4.ゴーレムパンチ!!!
「カシャリ」
闇の奥から聞こえたその金属音に、俺は心臓を鷲掴みにされたかのような衝撃を受けた。
咄嗟に、手に持った光る棒――携帯灯を前方へと向ける。
闇の中で静かに灯っていた一対の赤い光は、ゆっくりとこちらへ動き始めていた。
ズゥン……ズゥン……。
地響きのような足音が、一歩ごとに近づいてくる。やがて、携帯灯の頼りない光の中に、その巨体がぬっと姿を現した。
苔むした岩石と、錆びついた金属で構成された、人の身の丈の三倍はあろうかという巨大な人影。ノアが言っていた「自動防衛システム」だ。
赤い光は、明らかに俺を捉えている。
「う……あ……」
声が出ない。足が、まるで床に縫い付けられたかのように動かない。
スキルもなければ、武器もない。ただの一般人である俺に、こんな化け物をどうこうできるはずもなかった。ただ死を待つだけの、無力な獲物。それが今の俺だった。
ゴーレムは俺の目の前で止まると、その巨大な岩の腕を、ゆっくりと、しかし容赦なく振り上げた。
「……っ!」
もう終わりか。勇者パーティーを追い出され、雨に降られ、偶然見つけた城で、こんな鉄クズに殴り殺されるのが、俺の人生の結末か。
あまりの恐怖に、俺は固く目をつぶった。
ゴウッ、と空気を切り裂く音が頭上を通り過ぎる。
――だが、来るはずの衝撃は、いつまで経っても俺の体を襲わなかった。
代わりに聞こえたのは、耳元で「バチッ!」という、何か小さなものが弾ける音。
そして、直後に響き渡る、凄まじい轟音。
ゴッッッ!!!
俺は恐る恐る、薄目を開けた。
目の前には、巨大なゴーレムの拳。その拳は、俺の顔のほんの数センチ横の壁に、深くめり込んでいた。
そして、拳が叩きつけられた壁の中心には、赤黒いシミ。それは、先ほどから俺の首筋のあたりで鬱陶しく羽音を立てていた、小さな羽虫の残骸だった。
ゴーレムは壁からゆっくりと拳を引き抜くと、粉々になった壁の破片をパラパラと落とす。そして、呆然とする俺には一切目もくれず、踵を返して元の巡回ルートに戻ろうと歩き始めた。
その赤い光からは、もはや何の感情も読み取れない。
あまりの出来事に、俺はその場にへなへなと座り込んだ。腰が抜けて、立てなかった。
その時、ノアの冷静な声が、頭の中に響いた。
《管理人に随伴していた害虫の駆除を完了しました》
「がいちゅう……? いや、あいつ、俺を殺そうと……!」
《否定します。天空城アークノアの全システムは、最優先事項として『管理人の安全確保』が設定されています。防衛システムが管理人に危害を加えることはありません》
ノアは淡々と、しかしはっきりと続ける。
《ただし、管理人に危害を及ぼす、あるいはその可能性があると判断された対象は、脅威レベルを問わず、最大効率で排除します》
俺は、ノアの言葉を反芻する。
そして、目の前の光景を改めて見直した。潰れた、米粒ほどの羽虫のシミ。そして、その周囲に広がる、巨大なクレーターのような壁の破壊跡。
蝿一匹を殺すために、城の壁が砕けるほどの力で殴りつける。
それが、この城の「最大効率」。
こいつは、俺を殺そうとしたんじゃない。守ろうとしたのか。
とてつもなく物騒で、加減というものを知らず、融通の利かないやり方で。
俺は、自分がとんでもなく強力で、そして何よりも「絶対的な味方」を手に入れたのだと、ようやく理解した。
ふ、と乾いた笑いが漏れる。
さっきまでの恐怖が嘘のように、少しだけ心が軽くなった。
俺はよろよろと立ち上がり、服についた埃を払う。目の前では、仕事を終えたゴーレムが、静かに佇んで道を譲るように立っていた。
今やその赤い光は、不気味な監視の目ではなく、頼もしい警備員の視線のように思えた。
「……よし、行くか」
俺は一つ頷くと、静かになったゴーレムの脇を通り抜け、セクターの奥にある一つ目のジェネレーターを目指して、再び歩き始めた。
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インスピレーション++++、まだまだ今晩中にいけそう。
次回もお楽しみに!