38.建法
玉座の間に、俺は引きこもっていた。
あれから数日、居住区画から聞こえてくる、俺を神と崇める熱狂的な声援は、日に日に大きくなるばかり。7万8千人を超える大合唱は、もはや騒音というレベルを超えて、精神を直接揺さぶってくる。
「……静かに暮らしたいだけなのに……」
俺が玉座で頭を抱えていると、居住区画から、村長と、元アヴァロンの貴族だったらしい数人の男女が、代表として恐る恐るやってきた。
「陛下……」村長が、神妙な顔で口を開く。「我ら、新たなる民、何を成すべきか、指針がございません。街は混乱し、民は陛下の次なるお言葉を、ただ待ち続けております」
元貴族の男も、それに続く。
「食料も、住居も、全てが満たされております。ですが、我々には、この楽園で生きるための『法』がございません。どうか、我らが従うべき最初の勅命を……!」
来た。ついに来てしまった。
統治。法律。俺が人生で最も縁遠いと思っていた単語だ。
俺は、助けを求めるように、頭の中に響く声に問いかけた。
(なあノア、こういう時、普通の王様ってどうするんだ?)
《通常、国家元首は、憲法の制定、内閣の組閣、税制の確立、司法制度の整備などを行いますが、管理人様が行うには、少なくとも500年の学習期間が必要です》
(……だよな!)
そんな面倒なことができるわけがない。
だが、このままでは、彼らの期待に満ちた視線が、俺の胃に穴を開けるだろう。
俺は、覚悟を決めた。
「――皆の者、よく聞け」
俺がそう言うと、代表者たちは一斉にその場にひれ伏す。
「これより、我が国の、最初の法を定める!」
俺は、自分のスローライフを邪魔されず、かつ、彼らが満足しそうな、最高の法律を、必死に頭の中でひねり出した。
「第一条! 俺に話しかけるべからず! よっぽど緊急の時以外は、AIのノアを通して報告すること!」
「おお……!」代表者たちの間から、感嘆の声が漏れる。「陛下は、我らのような俗人と直接言葉を交わすのではなく、神の代行者たる『ノア』様を通して、神託を告げられるおつもりなのだ……!」
「第二条! ケンカは禁止! もめ事は、当人同士で、話し合いか、じゃんけんで解決すること!」
「なんと……! 陛下は、武力による争いを、根本から否定なされている……! なんと慈悲深い……!」
「第三条! 食べ物も家も、全部タダだ! だから、余計なことは考えず、毎日楽しく暮らすこと!」
「おお、おお……! 我らに、労働の義務ではなく、幸福に生きる権利をお与えくださった……!」
「そして……第四条! この国の、最も重要な義務である!」
俺は、一番言いたいことを、高らかに宣言した。
「――昼寝を、しろ! 全国民、毎日、午後はきっちり昼寝をすること! 以上!」
俺の、あまりにも単純で、自己中心的な四つの勅命。
それを聞いた代表者たちは、もはや言葉もなく、ただただ感涙にむせび、床に額をこすりつけていた。
「……素晴らしい……あまりにも、素晴らしい勅命です……! 我ら、この御心に、命をかけてお応えいたします!」
その様子を、少し離れた場所で見ていたエラーラが、こめかみを押さえて深いため息をついた。
「……あの男は、本当に、恐ろしいな」
「何が?」
「国家の根幹たる法律を、己の怠惰のために作り変え、あまつさえ、それを民に感謝させている。もはや、神というより、悪魔の所業だ」
エラーラの皮肉も、俺の耳には届かない。
これで、俺の平和な昼寝タイムは、国家の義務として保証されたのだ。
俺は、ようやく手に入れた安息に、心から満足していた。
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