36.救済
「いやー、旋回って面白いな! 今度は逆回転してみるか!」
sんな俺の浮かれた気分をぶち壊すように、ノアの、いつもより少しだけ改まったようなアナウンスが、玉座の間に響いた。
《――報告します》
「ん? どうした?」
《ただ今の航行オペレーションにより、旧アルテア連合王国・王都アヴァロンの建造物及び、駐留していたグラドニア帝国軍の完全解体を確認。同時に、同地域に存在した全生命体、7万8521名を、本城居住区画へと完全に転送・吸収しました》
俺の口が、あんぐりと開いた。
操縦桿が、手から滑り落ちる。
「え、7万……人? まるごと? 俺が?」
モニターに映し出された、巨大なクレーター。
その映像を見て、俺の脳内に浮かんだのは、罪悪感よりも先に、もっと現実的な恐怖だった。
(……終わった)
7万人の恨みを一身に買うとか、どんな罰ゲームだよ!
石を投げられるどころの話じゃないぞ、これ! リンチにされて、城から放り出される未来しか見えない!
「の、ノア! 居住区画の様子は!?」
《現在、大規模な混乱が発生中です》
「だろうな!」
俺は、真っ青になりながら、居住区画へと向かった。
謝って済む問題じゃないが、とにかく、様子を見に行かなければ……!
俺が居住区画にたどり着いた時、そこは予想通りの地獄絵図だった。
「ここはどこだ!」「帝国兵! 帝国兵はどこにいる!」「ママ、こわいよぉ!」
泣き叫ぶ声、怒号、絶望。7万人分のパニックが、巨大なドームの中で渦を巻いている。
(ほら、やっぱり! 俺、絶対殺されるやつだ!)
俺が物陰から、ガタガタ震えながら見守っていると、その混沌の中心に、オークヘイブン村の村長が、杖を突きながらゆっくりと進み出た。
彼は、広場の噴水の上に立つと、不思議とよく通る声で叫んだ。
「――静まれい! 我が同胞たちよ!」
その声に、誰もが動きを止める。
村長は、パニックに陥る人々を、慈愛に満ちた目で見渡した。
「皆の者、恐怖することはない! これは災厄ではない! 『救済』なのだ!」
(救済……?)
「考えてみるがよい! 諸君らは、憎き帝国に支配され、明日をも知れぬ不安の中で暮らしていたはず! だが、今はどうだ! 目の前には温かい食事が、その身には清潔な衣服が、そして、この地には、争いも、飢えも、何一つない!」
なんだ……? あのじいさん、うまいこと言いくるめてないか?
村長の言葉に、人々は、はっとしたように自分たちの姿を見つめ始める。
そうだ。気づけば、ボロボロだった服は真新しいものに変わり、空腹だったはずの腹は、いつの間にか満たされている。
「我らを、その苦しみから救い出してくださったお方がおられる! この天空の楽園を治める、我らが王! 我らが神! 管理人カイン様が、我らを見捨てず、その大いなる御心で、ここへとお導きくださったのだ!」
村長の、あまりにも熱狂的な演説。
最初にひざまずいたのは、一人の老婆だった。
「……ああ……かみ、さま……」
その一言が、引き金となった。
一人、また一人と、人々は、まるで伝染するかのように、その場にひざまずき、天を仰ぎ、泣きながら叫び始めた。
「かみいいいぃぃぃぃぃ!」
「我らをお救いくださり、ありがとうございます!」
「陛下! 我らも、あなたの民に!」
ほんの数分前まで地獄のパニックだった場所は、今や、熱狂的な信仰が渦巻く、巨大な宗教儀式の会場と化していた。
その光景を、物陰から見ていた俺は、ただ、口をあんぐりと開けて、立ち尽くすことしかできなかった。
(え……なんか、丸く収まった……のか?)
俺のスローライフ、どんどん変な方向に充実していくな……。
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