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34.悪魔の魂

 帝国の諜報網は、決して無能ではなかった。

 聖杯が盗まれてから数日後、皇帝ゲルハルトの元に、待望の報せが届いた。

「報告! 聖杯の在処、判明いたしました! 北部山岳地帯の廃砦『グレイヴンロック』に、正体不明の集団が運び込んだとの確かな情報を入手!」

「――よし!」

 ゲルハルトは、玉座から立ち上がった。

「帝国最強の騎士団、『黒薔薇騎士団』に出撃を命じよ! 聖杯を奪還し、賊どもを一人残らず根絶やしにせよ!」

 黒薔薇騎士団。それは、帝国が誇る数多の精鋭部隊の中でも、対魔術師・対異能者に特化した、まさに切り札と呼ぶべき部隊。彼らにかかれば、いかなる賊であろうと、赤子の手をひねるより容易い。

 確かな勝利を信じ、漆黒の鎧に身を包んだ騎士団は、意気揚々とグレイヴンロック砦へと進軍した。

 だが、彼らを待ち受けていたのは、謎のフード集団ではなかった。

 崩れかけた砦の城門に、ただ一人。見慣れた、そして今は憎むべき帝国の軍服を纏った男が、静かに立っていた。

「……ファルケン将軍!」

 黒薔薇騎士団の団長が、驚愕に目を見開く。

「久しいな、黒薔薇の諸君。わざわざこんな辺境の砦まで、ご苦労なことだ」

 ファルケンは、静かに剣を抜いた。

「残念だが、聖杯はここにはない。貴様らを誘き出すための、偽りの噂だ」

 罠。その言葉を理解した瞬間、騎士団長の背筋を悪寒が走った。

「全軍、構えよ! 反逆者ファルケンを討ち取れ!」

 号令と共に、漆黒の騎士たちがファルケンへと殺到する。だが、ファルケンの背後、砦の暗闇から、無数の兵士たちが、音もなく姿を現した。

 戦いの火蓋は、切って落とされた。

 黒薔薇騎士団は、やはり強かった。一人一人が、ファルケン側の兵士数人を相手にしても、なお圧倒している。

 だが、すぐに、騎士団長は異変に気づいた。

「……おかしい」

 ファルケンの兵士たちは、剣で胴を貫かれても、腕を切り落とされても、悲鳴一つ上げずに、ただ黙々と戦い続ける。その動きには、一切の感情も、痛みを感じている様子もない。

 そして、一度倒れたはずの兵士が、ぎこちない動きで、再び立ち上がる。その瞳は、虚ろで、生気を感じさせない。

「……まさか」

 騎士団長の脳裏に、最悪の可能性がよぎる。

 禁忌とされる、死者を冒涜する魔法。

「――こいつら、アンデッドか!」

 その絶叫が、真実を告げた。

 ファルケンが率いていたのは、生きた兵士ではない。何者かの手によって蘇らされた、死者の軍団だったのだ。

 騎士たちが気づいた時には、もう遅かった。

 数で劣っていたはずのアンデッド兵は、倒されても倒されても立ち上がり、徐々に、しかし確実に、黒薔薇騎士団を包囲していく。

 やがて、一人の騎士が、力尽きて倒れた。

 そして、その騎士は、数秒後、ゆっくりと体を起こした。その瞳は、先ほどまで敵だったアンデッドと同じ、虚ろな光を浮かべていた。漆黒の鎧は、今や、かつての同胞に刃を向ける、絶望の象徴と化した。

「……ぐ、あああああ!」

 騎士団長は、自分の部下が、次々とアンデッドへと変えられていく地獄絵図の中で、絶叫した。

 その日の夕刻、帝国軍本営に、グレイヴンロック砦へ向かった黒薔薇騎士団からの、最後の通信が届いた。

『――我々は、罠に、かかっ……た……。将軍は、悪魔に、魂を……』

 通信は、そこで途絶えた。

 帝国の誇る精鋭部隊は、また一つ、地図の上から消えた。

 そして、その亡骸は、反逆者の新たな兵力として、帝国の心臓部へと刃を向けることになる。

 ファルケン将軍という名の『劇薬』は、帝国を蝕む『死の病』へと、変貌を遂げようとしていた。

――ここまで読んでいただきありがとうございます!

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次回もお楽しみに!



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