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30.フォルケンは揺るがない

 帝都が戦勝祝賀に沸き立つ一方で、その光が届かぬ場所では、静かで、しかし熾烈な戦いが続いていた。

「報告! ファルケン派の残党、西部の渓谷地帯に潜伏との情報!」

「追え! 皇帝陛下への反逆者に、帝国の土を踏む資格はない! 一匹残らず狩り尽くせ!」

 帝国軍は今、その矛先を内なる敵――反乱を起こした”不動”の将軍、ファルケンとその一派に向けていた。

 その頃、追われる身であるファルケンは、帝都の片隅、かつての大戦で打ち捨てられた廃地区の瓦礫の山に身を潜めていた。

 彼の元にも、帝国の勝利と、連合王国の滅亡という報せは届いている。

(……勝った、だと……?)

 その事実は、ファルケンに三つの相反する感情を抱かせた。

 一つは、深い驚き。西の魔女まで介入したあの戦いで、まさか帝国が、あれほど早く、そして決定的な勝利を収めるとは。皇帝の力量を、そして帝国の底力を、自分は見誤っていたのかもしれない。

 一つは、深い後悔。もし、自分が挙兵などしなければ、帝国は内乱という傷を負うことなく、より完璧な勝利を手にできたのではないか。自分の行動は、結果として帝国を利するどころか、ただ混乱させただけだったのではないか。

 そして最後の一つは、心の奥底で小さく芽生えた、浅い高揚感。理由がどうであれ、自分の祖国が、長年の宿敵に勝利した。その事実に、一人の帝国軍人として、わずかな誇らしさを感じてしまう自分もいた。

「……これから、どうすべきか」

 ファルケンは、瓦礫の影から、予め手配しておいた隠れ家へと向かうべく、静かに帰路についた。

 月明かりだけが照らす、ゴーストタウンのような廃地区。自分の足音だけが、やけに大きく響く。

 その時だった。

「――こんばんは、”不動”の将軍殿」

 複数の人影が、音もなく、ファルケンの行く手を塞ぐように現れた。フードを目深にかぶった、あの謎の集団だった。

「随分と、落ちぶれたものですな。帝国の英雄が、このような場所でドブネズミのように隠れ潜んでいるとは」

「……何者だ」

 ファルケンは、腰の剣に手をかけ、警戒を露わにする。

 フードの男は、くつくつと喉を鳴らして笑った。

「我らは、貴方の同胞。いや、これから同胞となる者、とでも言っておきましょうか」

「戯言を」

「単刀直入にお伺いします、将軍。――貴方は、帝国が、憎いか?」

 その問いに、ファルケンは答えなかった。

 ただ、静かに、そしてあまりにも速く、剣を抜き放った。

 ヒュッ、と風を切る音。

 フードの男の首筋、そのほんの数ミリ横を、ファルケンの剣閃が通り過ぎていた。男のフードの端が、はらりと切れ落ちる。

「……ほう。これが、答え、と?」

 フードの男は、動じない。

 ファルケンは、剣を構えたまま、低い声で言った。

「勘違いするな、亡霊ども。俺は、この帝国を愛している」

 その言葉に、嘘はなかった。

 この国の土を、民を、そして、かつて自分が命をかけて守ろうとした秩序を、彼は誰よりも深く愛していた。

「ただ、今のあそこは、少しばかり病んでいる。玉座に座るべき男が、熱に浮かされているだけだ。俺が成すべきは、破壊ではない。歪んでしまったものを、あるべき姿に戻すための『治療』だ」

 帝国を憎んではいない。

 ただ、今の皇帝が気に食わないだけだ。

 ファルケンの揺るぎない瞳を見て、フードの男は、心底楽しそうに、そして少しだけ残念そうに、肩をすくめた。

「……なるほど。残念です。貴方ほどの男なら、我らの『真の主君』の、良き僕となれると思ったのですが」

 その言葉を最後に、フードの集団は、まるで闇に溶けるように、音もなく姿を消した。

 一人残されたファルケンは、剣を鞘に収め、再び隠れ家へと歩き出す。

 彼の戦いは、まだ始まったばかりだった。

――ここまで読んでいただきありがとうございます!

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次回もお楽しみに!



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