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28.大陸事変⑥

 炎は、未だ王都アヴァロンの至る所で燻り続けていた。

 陥落した王城、その玉座の間。本来の主であるアルテア連合王国の王、アルトリウスは、冷たい床に膝をつき、その身を屈辱的な鎖で戒められていた。

 そして、彼の目の前、彼が座るはずだった玉座には、勝利者である皇帝ゲルハルトが、尊大に足を組んで腰掛けていた。

「――どうだ、アルトリウス。これが、貴様が選んだ道の結末だ」

 ゲルハルトの声は、静かだが、絶対的な勝利者の響きを持っていた。

「我が覇道を阻み、あまつさえ卑劣な濡れ衣を着せて戦を仕掛けた報い、その身をもって味わうがいい」

「……卑劣なのは貴様の方だ、ゲルハルト!」

 アルトリウスは、鎖を鳴らし、憎悪に満ちた目で皇帝を睨みつけた。

「罪なきオークヘイブンの民を虐殺し、その罪を認めず、あまつさえ我らを侵略者と罵った! その獣以下の所業、未来永劫、歴史がお前を裁くだろう!」

 その言葉に、ゲルハルトの表情から笑みが消えた。

「――まだ言うか」

 皇帝は玉座から立ち上がると、ゆっくりとアルトリウスの前まで歩み寄る。

「何度言ったら分かるのだ、愚か者めが。オークヘイブンを滅ぼしたのは、我らではない! 空に浮かぶ、あの忌々しい城の仕業だと、なぜ認めん!」

「戯言を! 貴様の虚言に、誰が耳を貸すものか!」

 両者の主張は、どこまでも平行線。互いを決して理解できぬまま、ただ憎しみだけが燃え盛る。

 その時だった。

「申し上げます、陛下!」

 一人の帝国兵が、玉座の間に駆け込んできた。その手には、奇妙な封蝋で封をされた一通の手紙が握られている。

「捕らえた連合王国の伝令が、これをアルトリウス王へ届けるよう……送り主は、不明にございます」

 ゲルハルトは、その手紙を兵士からひったくるように受け取った。

 敵国の王への、最後の通信。興味本位と、そして、敗者への最後の慈悲。

「……よかろう。最期に読むがいい。貴様の信じた大義が、いかに脆いものであったか、その目で確かめるのだな」

 ゲルハルトは、嘲笑と共に手紙をアルトリウスの足元に投げ捨てた。

 アルトリウスは、震える手でその手紙を拾い、封を切る。

 羊皮紙に書かれていたのは、およそ人の手によるものとは思えぬ、流麗で、そしてどこか狂気じみた文字列だった。

『――地上の愚かなる王、アルトリウスに告ぐ。

 汝らが『悲劇』と呼ぶものは、我らが神の『救済』である。

 オークヘイブンの民は、穢れた地上を離れ、天空の楽園にて、新たなる主君の下、永遠の安寧を得た。

 汝らの争いは、神の御業の前には、赤子の戯れに等しいと知れ。

 天を仰ぎ、ただひれ伏すがよい。新たなる時代の幕開けである――』

 手紙が、アルトリウスの手から滑り落ちた。

 彼は、信じられないものを見たかのように、目を見開いて硬直している。

 そこに書かれていたのは、帝国の犯行声明ではない。ましてや、連合王国の勝利を願う言葉でもない。

 全ては、第三者――あの天空城の仕業であったという、狂信者からの『福音』。

 そうだ。全ては、勘違いだったのだ。

 帝国は、犯人ではなかった。我らは、存在しない敵の影に怯え、本当の敵を見誤り、そして、互いに血を流し合った。全ては、あの空に浮かぶ災厄の気まぐれによって……。

 アルトリウスは、顔を上げ、憎悪の視線を、玉座の間の天井を突き抜け、遥か天上の城へと向けた。親の仇を睨むかのような、凄まじい憎悪だった。

「……どうだ、アルトリウス。ようやく、真実を理解したか」

 ゲルハルトが、憐れむように言った。

 一瞬、玉座の間に、奇妙な空気が流れた。共通の敵を前に、憎しみ合っていた二人の王が、和解するのではないか。そんな、ありえない幻想。

 だが、現実は非情である。

「……だから、どうした?」

 ゲルハルトは、冷徹に告げた。

「真実がどうであれ、貴様が我が帝国に牙を剥き、多くの血を流させた事実は変わらん。そして、私がこの戦いに勝利した事実もな」

 そうだ。もう、後戻りはできない。

 ゲルハルトは、傍らの処刑人に、顎で合図した。

「さらばだ、アルトリウス。歴史は、常に勝者が記すものよ」

 連合王国最後の王は、真の敵を知るという、あまりにも遅すぎた絶望の中で、その生涯に幕を下ろした。

 その後、アルテア連合王国は、王を失い、霧散した。

 一部の領邦は、帝国への抵抗を掲げて独立を宣言したが、その大半は、グラドニア帝国の広大な版図の中に組み込まれることとなる。

 大陸の勢力図は、天空城という、誰にも理解されぬ災厄の気まぐれによって、大きく、そして決定的に塗り替えられてしまったのだった。

――ここまで読んでいただきありがとうございます!

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次回もお楽しみに!



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