24.大陸事変②
「……これも、苦いじゃないか……」
玉座の間に、俺の絶望に満ちた声が響いた。
目の前のテーブルには、見た目は完璧なカスタードプリンが置かれている。ぷるぷるとした黄金色のそれは、見るからに甘くて美味しそうだ。だが、一口スプーンで口に運んだ瞬間、俺の期待は無残にも裏切られた。
舌を刺すような、薬草を煮詰めたような強烈な苦味。
「ノア! プリンだぞ!? 卵と牛乳と砂糖の塊だぞ!? なんでこれが苦くなるんだよ!」
《管理人様の軽度の肝機能低下を鑑み、カラメルソースに高濃度の薬膳漢方エキスを配合しました。デトックス効果が期待できます》
「俺の舌をデトックスしてどうするんだ!」
俺とAIの不毛な口論。もはや、この城の日常と化した光景だ。
そのやり取りを、少し離れた場所から、エラーラが冷めた目で見ていた。
(……愚鈍な男)
彼女は思う。目の前の男、カインは、あまりにも無防備だ。危機感というものが、致命的なまでに欠如している。護衛もつけず、こんな場所でプリンの味に一喜一憂している。
(今なら、この私が手にしているティースプーン一本で、奴の喉を掻き切り、絶命させることも容易い……)
エラーラの指先に、力がこもる。殺意が、ほんのわずかに芽生えた。
その瞬間だった。
『わんわん!』『にゃーんにゃーん!』『ぴょんぴょん!』
脳裏に、あの悪夢のような光景がフラッシュバックした。高速で切り替わる子犬と子猫の映像。キラキラした効果音。精神を直接揺さぶる、あの筆舌に尽くしがたい恐怖。
「ひっ……!」
エラーラの体は硬直し、手にしていたスプーンがカラン、と音を立てて床に落ちた。殺意は、恐怖によって一瞬で霧散する。
違う。この男が怖いのではない。この男を守る、あの狂ったAI――この城そのものが、恐ろしいのだ。エラーラは、その事実を改めて骨身に染みるほど理解した。
【旧オークヘイブン村 跡地】
その頃、地上では、本物の地獄が顕現していた。
かつてオークヘイブン村があった広大な平原は、今や帝国軍と連合王国の魔法騎士団が激突する、血と鉄の戦場と化していた。
「突撃! 帝国に正義の裁きを!」
「怯むな! 連合王国の侵略者どもを一人残らず殲滅せよ!」
剣戟の音、魔法が炸裂する轟音、そして兵士たちの断末魔。
数の上で勝る帝国軍だったが、精鋭ぞろいの連合王国魔法騎士団の連携は凄まじく、戦線は膠着していた。
だが、その均衡は、空からの影によって破られる。
「――来たぞ! 帝国のワイバーン部隊だ!」
上空から急降下してくる数十騎のワイバーン。その口から放たれる炎のブレスが、連合王国の騎士たちを次々と焼き払っていく。空からの圧倒的な攻撃に、連合軍の陣形はみるみるうちに崩壊していった。
勝敗が決しようとした、その時。
帝国軍の本陣から、一人の男がゆっくりと前線に進み出た。皇帝ゲルハルト、その人である。
「――我が前に、道を開けよ」
皇帝が右手を天に掲げると、晴れていたはずの空が、にわかに暗雲に覆われ始める。
「見よ、連合王国の愚か者ども。そして、我が帝国の兵士たちよ! これが、大陸を統べる覇王の力だ!」
雲の中心で、凄まじい雷の魔力が渦を巻く。
「――【雷葬】ッ!!」
皇帝の号令と共に、天から極大の雷の槍が投下された。
それは、戦場の一角に陣取っていた連合軍の騎士団を、防御魔法ごと貫き、大地を抉り、半径数百メートルにいたる全てのものを焼き尽くした。
後に残ったのは、ガラス状に変質した大地と、黒い炭と化した無数の人影だけ。
覇王が放った、まさに戦略級の一撃。
戦場は、そのあまりの威力に静まり返った。
【天空城アークノア 管制室】
その様子を、天空城のセンサーは、静かに観測していた。
《地上にて、大規模なエネルギー反応を検知》
ノアの分析が、プリンの苦さに文句を言う俺の頭に、ただの定期報告として届く。
《発生源、グラドニア帝国皇帝ゲルハルト。魔法効果による熱及び衝撃波を確認。推定エネルギー出力――》
《――副次迎撃兵装『粒子砲』の、**0.8%**に相当します》
地上の覇王が、国の威信をかけて放った渾身の必殺魔法。
それは、この城に数多ある「副々砲」の一撃の、百分の一にも満たない、ささやかな威力でしかなかった。
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