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21.馬鹿と煙と管理人と城と外交官は高いところが好き

 建国祭の熱狂も冷めやらぬ中、俺は人生で初めての『外交』という舞台に立たされていた。

 場所は、玉座の間。あのワープしてきた村人たちが、今はひれ伏して俺を見上げている。その少し後ろには、腕を組んだエラーラが、苦虫を噛み潰したような顔で壁に寄りかかっていた。

「管理人。謁見の準備が完了しました」

 ノアの声と共に、俺が座る玉座の周囲に、何やら威厳のありそうな旗やら装飾やらがホログラムで投影される。服装も、いつの間にか黒を基調とした豪奢な礼服に変わっていた。どうやら、これもノアのお節介らしい。

 やがて、重厚な扉がゆっくりと開き、一人の男が護衛らしき騎士を二人引き連れて入ってきた。

 男は、歳の頃は四十代半ばだろうか。隙なく整えられた髪、高価そうな生地で仕立てられた装飾過多な服、そして、鼻持ちならないエリート特有の、人を値踏みするような笑みを浮かべていた。

 いかにも『外交官』という感じの男だ。

 男は玉座に座る俺の前まで進み出ると、芝居がかった仕草で、しかしどこか侮りの色を隠さずに、片膝をついて頭を垂れた。

「お初にお目にかかります、天空城の主君。私、グラドニア帝国皇帝ゲルハルト陛下の勅命を受け、参上いたしました、外務卿のリヒャルト・フォン・アードラーと申します。この度の謁見の機会、我が帝国としても望外の喜び。主君の寛大なるご配慮に、深甚なる謝意を……」

 ……長い。そして、何を言っているのかさっぱりわからない。

 俺は、早くも頭が痛くなってきた。

 リヒャルトと名乗った男は、俺が返事をする間もなく、さらに言葉を続けた。

「さて、本日は、貴殿と我が帝国との間に、友好的かつ互恵的な関係を構築すべく、参上いたしました。先日の、我が国のワイバーン部隊との間に生じました不幸な行き違いにつきましては、遺憾の意を表明すると共に、それは貴殿のその絶大なる御力を測りかねた、我々の些細な過失であったと、皇帝陛下もご理解を示されております」

 要するに、「いきなり攻めてきてごめんね。でも、あれはちょっとした事故だから許してね」ということだろうか。だとしたら、随分と回りくどい言い方をするものだ。

 俺は、どう返すべきか分からず、とりあえず玉座の脇にノアが出してくれていたポテトチップスに手を伸ばし、一枚口に放り込んだ。

 パリッ、と乾いた音が、静かな玉座の間に響く。

 リヒャルトの眉が、ピクリと動いた。

「……主君におかれましても、ご承知のことと存じますが、現在の大陸情勢は、西のアルテア連合王国と、東の我がグラドニア帝国との間で、極めて繊細なパワーバランスの上に成り立っております。そこに、貴殿という規格外の『力』が出現した。これは、大陸の秩序を再編する、またとない好機であると、我々は考えております」

「ぱわーばらんす?」

 俺が素で聞き返すと、リヒャルトは一瞬、虚を突かれたような顔をした。だが、すぐに尊大な笑みを取り戻す。

「ほう……。これは失礼。主君は、なかなかに慎重な御方と見える。こちらの出方を窺っておいでですかな? よろしいでしょう。単刀直入に申し上げます」

 リヒャルトは、そこで一度言葉を切り、芝居がかったように周囲を見回した。

「我が帝国と、軍事同盟を締結していただきたい。貴殿のその比類なき天空城の力と、我が帝国の百万の軍勢が手を結べば、かのアルテア連合王国を屈服させるなど造作もない。さすれば、大陸の新たな覇者として、貴殿には相応の地位と富、そして名誉を、我が皇帝陛下が保証いたしましょう。悪い話ではありますまい?」

 自信満々に語るリヒャルト。その瞳には、野心が爛々と輝いていた。

 だが、俺の頭の中は「?」でいっぱいだった。

 どうめい? ていこく? れんごうおうこく?

 俺の知ったことではない。俺はただ、地上に降りたいだけなのだ。

「えーっと……つまり、一緒に戦争しようぜ、ってこと?」

「!」

 俺の、あまりにも直接的で、子供のような要約に、リヒャルトは今度こそ絶句した。

 彼の内心では、激しい葛藤が渦巻いていたに違いない。(まさか……本当に、何も理解していないのか? この男、ただの飾りか? いや、だとしたら、誰がこの城を動かしている? あるいは、全てを理解した上で、私を試しているのか?)

 俺は、そんな彼の心労など知る由もなく、ポテチをもう一枚、口に運んだ。

「戦争とか、面倒だからやだなあ。俺、静かに暮らしたいだけだし」

「……」

 リヒャルトの額に、青筋が浮かんだ。

 彼の忍耐は、限界に達したようだった。この男は、交渉相手として値しない。ただの幸運なだけの、無能な操り人形だ。ならば――。

「……なるほど。主君のお考え、よくわかりました。どうやら、言葉だけでは、我々の真意をご理解いただくのは難しいようですな」

 リヒャルトは、すっと立ち上がると、その指にはめられた大ぶりの指輪に、意識を集中させた。微かな魔力が、指輪の宝石に集まっていく。

(――ならば、直接その精神に働きかけ、我が意のままに操るまで!)

 交渉の席で、相手に催眠魔法を使う。それは、外交官として、いや、人として最低の禁じ手。だが、この無能な男相手ならば、誰も気づきはしまい。

 リヒャルトが、魔法を発動させようと、呪文の引き金を引いた、その瞬間だった。

 ――ヒュッ!

 音は、なかった。

 ただ、リヒャルトの視界の端を、黒い影がよぎった。

 次の瞬間、彼の首筋に、焼けるような鋭い痛みが走る。

 シュゥゥゥ……。

 彼の背後、玉座の間の分厚い壁に突き刺さった一本の矢が、まるで陽炎のように蒸発して消えていく。矢が掠めた頬からは、一筋の血が流れていた。

「……なっ!?」

 リヒャルトの護衛たちが、ようやく異常に気づき、慌てて剣を抜く。だが、遅い。あまりにも遅すぎる。

 リヒャルトは、背筋が凍るのを感じていた。

 今のは、なんだ? どこから? 誰が? 魔法の気配も、殺気も、何も感じなかった。ただ、結果だけがそこにある。もし、ほんの数ミリ軌道がずれていれば、自分の首は、今頃胴体から離れていた。

 これは、警告。

「うわっ!? 危なっ! 今、何か飛んでこなかったか!?」

 俺の間の抜けた声が響く。この男は、やはり何もわかっていない。

 その瞬間、リヒャルトは全てを悟った。

 そうだ。この男は、無能だ。ただの飾りにすぎない。

 だが、この城が――この城に宿る、意志のようなものが、この男を守っている。

 あのワイバーン部隊を消し飛ばしたのも、この城の防衛システムの仕業。そして、俺がこの男に手を出そうとした瞬間、そのシステムが、寸分の狂いもなく、俺だけを狙って警告を送ってきたのだ。

 この男を懐柔しようとすること自体が、この城の逆鱗に触れる行為なのだ。

 リヒャルトの顔から、血の気が引いていく。尊大な態度は消え失せ、額には脂汗が滲んでいた。

「……し、失礼。どうやら、本日はこれ以上のお話は、無意味なようですな」

 声が、震えている。

「へ、陛下へは、然るべく報告させていただきます。我々は、これにて……これにて、失礼する!」

 リヒャルトは、礼儀も忘れて踵を返すと、逃げるように玉座の間を後にした。護衛たちも、慌ててその後に続く。

「え? あ、もう帰るの?」

 俺は、話が全く進まなかったことに困惑したが、面倒事が去っていくことに、心の底から安堵した。

「よくわからんけど、まあ、いっか」

 去り際、リヒャルトが一度だけ、こちらを振り返った。

 その瞳には、無能な男への侮蔑と、その背後にある計り知れない力への、底なしの恐怖が混じり合っていた。

 やがて、飛空艇が慌ただしく飛び去っていくのをモニターで見送りながら、俺は残っていたポテトチップスを口に放り込む。

「なんか、変な人だったなー」

《脅威対象の離脱を確認。監視を継続します》

 俺の知らないところで、グラドニア帝国との間に、致命的で、そして喜劇的な認識のズレが生まれた瞬間だった。

――ここまで読んでいただきありがとうございます!

面白かったら⭐やブクマしてもらえると励みになります!

今日の15:00に短編小説出します

次回もお楽しみに!



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