20.神よ
「「「陛下、万歳! 万歳!」」」
熱狂的な歓声と、157人分の純粋すぎる崇拝の眼差しを一身に浴びながら、俺は完全に思考停止していた。
どうする? どうすればいい?
「あれは事故で、俺は王様じゃない」と言ったところで、この熱狂した村人たちが聞いてくれるとは思えない。下手に刺激すれば、暴動に……いや、逆に泣き崩れるか。
俺がどうしたものかと悩んでいると、村長らしき老人が、恭しく俺の前に進み出た。
「陛下。我らは、あなた様にお仕えできることを、至上の喜びと感じております。つきましては、我らがこれから何を成すべきか、どうか、お示しください!」
来た。王としての、最初の仕事だ。
国の運営? 法律? 税? 俺の頭に、そんな高尚な単語は一つも浮かんでこない。俺はただの元・荷物持ちだぞ。
(……面倒なことは、後回しにしよう)
俺は、社会人時代に培った(そしてクビになった原因でもある)スキルを発動させた。
「――皆の者、顔を上げよ!」
俺がそう言うと、村人たちは一斉に顔を上げる。その瞳は、期待にキラキラと輝いていた。
「本日、このアークノアに、我らの国が誕生した! これは、祝うべき日である! よって、今から三日三晩、建国を祝う『建国祭』を開催することを、ここに宣言する!」
俺の、あまりにも安直な提案。
しかし、村人たちの反応は、爆発的だった。
「おおおおお!」「祭りだ!」「陛下、万歳!」
再び、割れんばかりの歓声が巻き起こる。俺は、ノアに最高級の食事と飲み物を好きなだけ提供させ、居住区画の広場をお祭り会場に変えた。
これでいい。とりあえず、みんなが楽しんでいる間に、今後のことをゆっくり考えよう。
【グラドニア帝国 帝都ヴァイス】
玉座の間で、皇帝ゲルハルトは苦々しい顔で地図を睨みつけていた。
「……あの忌々しい城、動き出しただと?」
「はっ! 天文台からの報告によりますと、昨日より、ゆっくりと東へ……アルテア連合王国の領空へと向かっております!」
その報告に、ゲルハルトは眉をひそめる。
東へ? あの城の主は、我ら帝国ではなく、長年の宿敵である連合王国に用があるというのか?
(まさか、奴らと手を組むつもりか? いや、あるいは……)
ゲルハルトの脳裏に、一つの可能性が浮かぶ。
(あの城の主は、我らと同じく、連合王国を敵と見なしている……?)
だとしたら、話は変わってくる。敵の敵は味方、とまでは言わないが、利用できる駒は多いに越したことはない。
「……面白い。実に面白い」
ゲルハルトは、不気味な笑みを浮かべた。
「もはや、力ずくで奪うだけが能ではないな。――聞け! 帝国一の交渉術を持つ外交官を選出せよ! 我が名代として、天空城の主に謁見させる!」
皇帝の新たな一手は、武力ではなく、対話だった。
【天空城アークノア 居住区画】
その頃、建国祭の喧騒から一人離れた場所で、エラーラが腕を組んで立っていた。
目の前では、村人たちが陽気な音楽に合わせて踊り、子供たちは生まれて初めて見るような豪華なケーキに目を輝かせている。
信じられない、と彼女は思う。この人たちは、自分たちが拉致されたという現実を、全く理解していない。
「……陛下は、なんと慈悲深いお方だ」
隣で、村長が感涙にむせんでいる。
「我らのために、このような盛大なお祭りを……」
「正気か、爺さん」エラーラは、呆れたように言った。「お前たちは、あの男に村を破壊され、ここに連れてこられたんだぞ。これは祭りなどではない。監禁だ」
「ほう、剣士様は、まだ陛下の真意を理解なされていないご様子」
村長は、哀れむような目でエラーラを見た。
「あれは、我らを試練から救い出すための『啓示』。そしてこのお祭りは、我らの信仰に応えてくださった『祝福』なのですよ」
話が、全く通じない。
エラーラは、こめかみを押さえて深いため息をついた。
そして、祭りが最高潮に達した、その時だった。
広場の中心で、村人たちに担がれてご機嫌に酒(もちろんノア製)を飲んでいた俺の頭に、ノアの声が響いた。
《管理人。本城下部に、所属不明の飛空艇が接近。停船を要求しています》
「……飛空艇?」
《先方より通信。“グラドニア帝国皇帝陛下の名代として、天空城の主に謁見を願う”とのことです》
俺の手から、酒杯が滑り落ちた。
「……え、外交……?」
建国初日にして、いきなり最大の面倒事が舞い込んできた瞬間だった。
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