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2.責任は感じたくない(願望)

硬質で、冷たい床の感触。ズキズキと痛む後頭部。

 最後に聞いた自分の絶叫を反芻しながら、俺――カインは、ゆっくりと目を開けた。

「……夢、か……?」

 最初に浮かんだのは、そんなありきたりな現実逃避だった。勇者パーティーを追い出され、雨の中をとぼとぼと歩き、古びた遺跡で雨宿りを……そこまでは覚えている。

 だが、その後のことは、まるで悪夢のようだ。

 体を起こすと、節々が悲鳴を上げた。強烈な空腹と、喉の渇きが俺を苛む。

 おぼつかない足取りで、俺は光が差し込む方――昨日、外を覗いた壁の崩れた場所へと向かった。そして、そこに広がる光景に、再び言葉を失う。

 どこまでも続く、白い雲の海。突き抜けるように青い、空。

 夢じゃない。現実だ。

 俺は、本当に、空に浮かぶ城の上にいる。

 今度こそ声も出ず、俺は膝から崩れ落ちた。

 その時だった。頭の中に直接、あの無機質な声が響いたのは。

《生体反応の安定を確認。おはようございます、管理人マスター

「うわっ!?」

 ビクッと体を震わせ、俺は辺りを見回す。もちろん、誰もいない。声は、静まり返ったこの玉座の間で、俺にだけ聞こえているようだった。

「だ、誰だ……昨日の声か? ここはどこなんだ、俺はどうなる!」

《私は天空城アークノア管理AI、コードネーム:ノア。貴官は本城の新たな管理人として正式に登録されました。現在、アークノアは高度8000メートルを自動航行中です》

 AI? 管理人? 自動航行? 理解できない単語の羅列に、俺の頭はショート寸前だった。

「わけがわからない! とにかく、地上に降ろしてくれ!」

《地上への降下には、管理人権限レベル3が必要です。現在の貴官の権限レベルは1です》

「権限レベルってなんだよ!」

 思わず叫ぶが、ノアと名乗ったAIからの応答はない。どうやら、決まった質問にしか答えないらしい。無駄なことだと悟った俺の腹が、ぐぅ、と情けない音を立てた。

 そうだ。今は、生きることを考えなければ。

「……わかった。じゃあ、食料と水はどこにある?」

 俺がそう尋ねると、ノアは「了解」と短く答え、玉座の水晶がひときわ強く輝いた。すると、俺の足元から玉座の間の出口に向かって、淡い光のラインが床にすっと伸びていく。

 俺は導かれるように、その光のラインを辿って歩き始めた。

 静まり返った城内は、途方もなく広かった。高い天井、だだっ広い通路。壁には意味の分からない計器のようなものが埋め込まれている。何百年、あるいは何千年もの間、誰にも触れられず、ただ空を漂っていたのだろうか。

 やがて光のラインは、巨大な金属製の扉の前で止まった。扉は俺が近づくと、音もなく横にスライドして開く。

 中はだだっ広い倉庫で、同じ形のコンテナが無数に積まれていた。その一つに近づくと、蓋が自動で開く。中には、乾パンのようなものと、金属製の水筒が整然と並んでいた。

 俺は水筒を掴むと、がぶがぶと喉に流し込む。水は不思議とひんやりとしていて、乾ききった体に染み渡っていった。保存食を数枚口に放り込み、ようやく人心地つく。

 少し落ち着きを取り戻した俺は、ノアに尋ねた。

「この城のことを、もっと詳しく知りたい。取扱説明書みたいなものはないのか?」

《『管理人向け初心者ガイド』を起動します》

 ノアがそう告げると、俺の目の前に、光でできた半透明のパネルがふわりと浮かび上がった。そこにはいくつかの項目が並んでいる。

【アークノアの概要】【城内施設案内】【基本操作】……。

 俺は、迷わず一番上の「アークノアの概要」という項目に指で触れた。

 すると、目の前のパネルにアークノアの立体的なホログラムが映し出され、ノアの冷静なナレーションが流れ始める。

《本城の正式名称は『対神属殲滅兵器アンチ・ゴッド・アークノア』》

「……へいき?」

 聞き慣れない言葉に、俺は首を傾げる。だが、説明は止まらない。

《主兵装『太陽を砕く光槍サン・ブレイカー』は、最大出力にて大陸の一部を消滅させることが可能です》

 ホログラムのアークノアの中央部が変形し、巨大な光の槍が形成される。そして、それが地上に向かって放たれ――モニターに映し出された大陸地図の一部が、真っ白な光に飲み込まれていく、衝撃的なシミュレーション映像が再生された。

 さっき食べたばかりの保存食が、鉛になって胃に落ちていくのを感じた。

 俺が「管理人」になってしまったのは、ただの空飛ぶ城ではなかった。

 世界を、滅ぼせる、兵器だった。

 平穏なスローライフを送りたい、なんていう俺のささやかな願いは、どうやら絶望的なほど遠い場所にあるらしい。

――ここまで読んでいただきありがとうございます!

面白かったら⭐やブクマしてもらえると励みになります!

2連投稿!

次回もお楽しみに!



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