19.万歳!!万歳!!
(……これ、ただの拉致じゃねえか……!)
俺の額を、冷たい汗が伝う。
操縦ミスで村を一つ消し飛ばし、住民全員を強制的にこの城の国民にしてしまった。これはもう、どう言い訳してもただの誘拐事件だ。
居住区画では今頃、阿鼻叫喚の地獄絵図が繰り広げられているに違いない。泣き叫ぶ子供、絶望する大人……。
「……行くしかない、よな」
管理人として、責任は取らなければならない。石を投げつけられるくらいの覚悟は必要だ。
俺は重い足取りで、ノアに案内させて居住区画へと向かった。亜空間に造成されたというその場所は、どこまでも続く巨大なドーム都市のようだった。
そして、俺がたどり着いた一角で見た光景は――俺の予想を、180度裏切るものだった。
「おお! この肉の柔らかさはなんだ!?」
「見てごらん、お前さん! この服、ふわふわだよ!」
「この蛇口をひねると、温かいお湯が好きなだけ……まるで魔法だ!」
そこにあったのは、地獄絵図などではなかった。
むしろ、村祭りでも開かれているかのような、歓喜と興奮の渦。
人々は、ノアが配布した『ウェルカムパッケージ』――真新しい服を身につけ、温かいシチューやこんがり焼かれた肉を頬張り、真新しい住居の自動ドアやシャワーに、子供のようにはしゃいでいる。
俺が呆然と立ち尽くしていると、杖をついた人の良さそうな老人が、俺の姿に気づいて駆け寄ってきた。
「おお! あなた様は……!」
次の瞬間、老人は俺の足元にひれ伏した。
「なんと申し上げればよいか……! 我らを、あの貧しく、魔獣に怯えるだけの暮らしから救ってくださった、偉大なる神よ!」
「……は?」
「我らはオークヘイブン村の者! あなた様を、我らの新たなる王とお呼びすることを、お許しください!」
老人の言葉を皮切りに、周りの村人たちも次々と俺に気づき、その場にひざまずき始める。
「王様、万歳!」「ありがとう、神様!」
感謝と、尊敬と、純粋な崇拝の眼差しが、一斉に俺に注がれる。
「いや、待ってくれ! 俺は神でも王でもないし、あれは事故で……!」
俺が必死に弁解しようとした、その時だった。
居住区画の入り口に、いつの間にかやって来ていたエラーラが、信じられないものを見るような目で呟いた。
「……正気か、お前たち。自分たちが、拉致されたという自覚はないのか……?」
その言葉に、村長と呼ばれた老人が、きょとんとした顔で答える。
「らち? なんのことですかな、剣士様。我らは、王様に見出され、この楽園へと導かれたのですぞ?」
そうだ。彼らにとって、貧しい村での生活は、決して幸福なものではなかったのだろう。
だから、突然与えられたこの安全で快適な暮らしを、「救済」だと信じて疑わない。
「皆の者! 王様への忠誠を誓うのだ!」
村長の言葉に、157人の村人たちが、一斉に声を張り上げた。
「「「陛下、万歳! 万歳!」」」
その熱狂的な歓声に包まれながら、俺は思う。
(どうしてこうなった……)
俺は、ただ静かに暮らしたかっただけなのに。
気づけば、物騒な剣聖一人に加え、熱狂的な信者157人を抱える、正真正銘の「国王陛下」になってしまっていた。
平穏なスローライフが、また一歩、遠のいた気がした。
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