14.スーパーセラピー
目の前で、エラーラが小さな焼き菓子を大事そうに食べている。その頬には、まだ涙の跡が残っていた。
俺も同じものを食べようと、ノアに要求する。
「ノア、俺にもあれと同じやつを頼む」
《了解》
壁から現れたのは、見た目はエラーラの食べているものと寸分違わぬ、クリームたっぷりの焼き菓子。だが、一口食べて、俺は顔をしかめた。
「……にっっが! なんでだよ!」
まるで薬草を固めたような、強烈な苦味が口の中に広がる。
《管理人様の健康を考慮し、糖分及び脂質を最適化しました。栄養価は完全です》
「そういうことじゃねえ!」
ちらりとエラーラを見ると、彼女は甘くて美味しそうなお菓子を食べている。どうやら、精神的に疲弊している彼女には「糖分による癒やし効果が必要」とノアが判断したらしい。俺には不要だと。
このAI、融通は利かないが、妙なところで気は利く。俺は文句を言いながらも、もったいないのでその苦いデザートを完食した。
さて、腹は満たされたが、問題はこれからだ。
エラーラは相変わらず、怯えた子犬のように体を縮こまらせ、俺と目を合わせようともしない。これでは、まともに会話もできやしない。
「なあノア、こいつ、このままだとどうしようもないんだが……何か方法はないか?」
俺が途方に暮れて相談すると、ノアの声のトーンが、ほんの少しだけ、誇らしげな響きを帯びた。
《お任せください、管理人》
なんだそのドヤ声(っぽい響き)は。
《対象:エラーラ・フォルティスに対し、特別プロトコル『メンタル・リフレッシュ・プログラム』の実行が可能です。精神的外傷を緩和し、情緒を安定させ、管理人への親和性を向上させる効果が期待できます》
「親和性向上」という部分に、一抹の不安を覚えなくもなかった。だが、他に手もない。
「……わかった。じゃあ、任せる」
俺が許可した、その瞬間だった。
ガション!
エラーラの座っている椅子の周囲から、複数のアームが飛び出し、彼女の肩や腰をガッチリと固定した。
「ひっ!? な、何をする!?」
突然の拘束に、エラーラが悲鳴を上げる。
「おい、ノア! 何する気だ!」
《プログラムを開始します。ご安心ください、対象への身体的負荷はありません》
俺の制止を無視して、天井から巨大なヘッドギアのような機械が降りてきて、エラーラの頭に装着される。
そして、世にも奇妙な光景が始まった。
ヘッドギアから、色とりどりのキラキラした光が明滅し、耳に優しいオルゴールのような音楽が流れ始める。
同時に、エラーラの目の前に、子犬や子猫、ふわふわした毛玉のような小動物のホログラム映像が、ものすごい速さで次々と映し出されていく。
「わんわん!」「にゃーんにゃーん!」「ぴょんぴょん!」
けたたましい効果音と共に、「可愛い」の暴力がエラーラを襲う。
彼女の目が、ぐるぐると回り始めた。
「あ……あ……わん……わん……にゃ……」
大陸最強と謳われた『紅蓮の剣聖』が、可愛い動物の映像を強制的に見せられ、自我の境界線を曖昧にさせられている。
あまりにシュールで、想像の遥か斜め上を行く「精神安定プロトコル」に、俺はただただ呆然と立ち尽くす。
(……これ、本当に、大丈夫なのか……?)
俺の不安をよそに、部屋にはキラキラした効果音と、剣聖の焦点の合わないうわ言だけが、虚しく響き渡っていた。
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