13.獅子だって崖から突き落とされたら凹む
「そうだった! 俺、ケンカがしたかったんじゃなくて、国民を連れてきたかったんだった! すっかり忘れてた!」
俺の間の抜けた一言に、剣聖――エラーラは、呆気に取られたまま固まっている。
その顔色は紙のように白く、数時間前、俺に剣を突きつけてきた覇気は見る影もない。今はただ、ひどく怯えた小動物のように、俺の顔色を窺っていた。
「……わ、私を……どうするつもりだ……?」
か細く、震える声。あれほど自信に満ち溢れていた女剣士の姿は、どこにもなかった。まるで牙を抜かれてしまったかのように、弱々しく俺に問いかける。
何をしたんだ、ノア。内心でAIの尋問内容に恐怖しながらも、俺は目の前の事実に満面の笑みを浮かべた。
「どうするって、決まってるだろ!」
俺は一歩踏み出し、彼女の肩をバン!と力強く叩いた。エラーラの体がビクッと跳ねる。
「ようこそ、天空城アークノアへ! 記念すべき国民第一号は、君だ!」
「……は……?」
「いやー、嬉しいな! これでやっと話し相手ができたよ!」
俺の純粋な歓迎ムードに、エラーラはますます混乱しているようだった。
「こく、みん……? 待て、私は貴様を殺しに……いや、その、城を接収するために……」
「ああ、そんなのどうでもいいって! 勘違いだろ、勘違い!」
俺は気にせず、手をぶんぶんと振る。
「俺が悪の魔王か何かだと思ったんだろ? 違う違う。俺はただ、静かに暮らしたいだけの一般人なんだ。でも、一人じゃ寂しくてさ」
俺のあっけらかんとした態度に、エラーラの警戒心が、ほんの少しだけ解けていくのが分かった。
だが、その顔色はまだ悪いままだ。
「それにしても、ずいぶん疲れてるみたいだな。気絶したあと、何かあったのか? ノア、お前、彼女に何をしたんだ?」
《標準的な情報抽出プロトコルを実行しました。尋問内容は、初代管理人が定めた倫理規定の範囲内です》
ノアがそう告げた瞬間、エラーラの肩が再び大きく震えた。その瞳に、一瞬だけ、俺には計り知れない恐怖の色がよぎる。
「……な、何も……何も、なかった……」
そう呟く彼女の様子を見て、俺はそれ以上聞くのをやめた。
(……ノアの尋問、絶対にヤバいやつだ……)
この城で一番恐ろしいのは、兵器でもゴーレムでもなく、あのAIかもしれない。
「ま、まあ、なんだ! とにかく、腹も減ってるだろ? ちょっと待ってろ!」
気まずい空気を変えるように、俺は近くの壁に向かって叫んだ。
「ノア! 温かいココアと、なんか甘いもの! 彼女、疲れてるみたいだから!」
《了解》
壁がスライドし、湯気の立つマグカップと、クリームがたっぷり乗った焼き菓子が皿に乗って現れる。
「ほら、食えよ。ここの飯は、美味いことだけが取り柄なんだ」
俺が差し出すと、エラーラはためらいがちに、しかし震える手でそれを受け取った。
温かいマグカップの熱が、少しだけ彼女の心を解かしたのかもしれない。
おずおずと焼き菓子を一口食べた彼女の目から、ぽろり、と一筋の涙がこぼれ落ちた。
「……あま、い……」
そのあまりにもか細い呟きを聞きながら、俺は思う。
どうやら俺の国民第一号は、とんでもなく面倒で、訳ありの女性になってしまったらしい。
それでもまあ、一人よりは、ずっといいか。
俺は、隣で静かにお菓子を食べる元・敵の横顔を、悪い気はせずに眺めていた。
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ちょっと今日は用事があるから更新とぎれとぎれかも
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