12.痛いの痛いの飛んで行けー
【グラドニア帝国 帝都ヴァイス】
玉座の間で、皇帝ゲルハルトは上機嫌だった。
そう, 伝書鳩よりも早く正確な情報をもたらす魔法の水晶が、たった今、吉報を伝えてきたのだ。
『――『紅蓮の剣聖』エラーラ・フォルティス、天空城への侵入に成功せり』
「クハハハハハ! やった、やりおったわ! さすがは大陸最強の剣!」
ゲルハルトは高笑いを響かせる。
「あの間の抜けた城主め、のこのこと招待状を送ってきおって! まさか返礼が、己の首を刎ねる刃だとは思うまい! 今頃、恐怖に顔を歪ませ、我が軍門に下るか、あるいは……」
クックック、と笑いが止まらない。
「……ゲホッ!ゴホッ、ゴホッ!」
笑いすぎで激しくむせ、侍従に背中をさすられながら、皇帝は涙目で続ける。
「まあ良い。道化の首は、エラーラが土産に持ち帰るであろう。――聞け! ワイバーン部隊の再編を急がせよ! 主を失った空の玉座は、今や我ら帝国が座るべき場所なのだ!」
皇帝は、自らの勝利を微塵も疑っていなかった。
【天空城アークノア ???】
その頃、剣聖エラーラは、純白で継ぎ目のない部屋の中、一脚の椅子に拘束されていた。
拷問具も、血の匂いもない。だが、彼女は人生で最も過酷な時間を過ごしていた。
《所属を述べよ》
《侵入の目的を述べよ》
《グラドニア帝国皇帝ゲルハルトとの関係性を述べよ》
《貴官の戦闘能力、およびその限界値を述べよ》
《幼少期のトラウマについて述べよ》
《昨晩食べた夕食のメニューと、その栄養価について述べよ》
無機質な声――ノアによる尋問。
それは、暴力によるものではない。膨大な情報、高速で切り替わる幻影、論理の迷路、そして心の奥底を暴く質問の洪水。思考を飽和させ、精神そのものをすり潰すかのような、機械的で、あまりにも効率的な尋問だった。
(内容は、あまりに凄惨なため割愛する)
【天空城アークノア 居住区画】
長い長い昼寝から目覚めた俺は、すっかりリフレッシュしていた。
昨日の襲撃事件は、正直夢であってほしかったが、ノアに聞くと、あの物騒な女剣士は無力化して拘束しているという。
まあ、当分は平和だろう。
俺はノアに作らせたフルーツジュースを飲みながら、居住区画の廊下を歩いていた。
ふと、ある部屋の扉が、すっと開く。中から出てきたのは、昨日とは打って変わって、やつれ果てた表情の剣聖エラーラだった。彼女は俺の姿を認めると、ビクッと体を震わせ、警戒とも恐怖ともつかない顔でこちらを睨みつけてくる。
《尋問を完了しました。対象の敵意は、誤解に基づくものと判断。国民登録への条件付き移行を承認します》
ノアの冷静な報告が、頭に響く。
尋問。国民登録。
そのキーワードを聞いて、俺の頭の中に、昨日の出来事がフラッシュバックした。
そうだ。俺は、暇で寂しかったんだ。だから、国民を募集しようと、招待状を……。
「――あっ!」
俺は、思わずポンと手を叩いた。
「そうだった! 俺、ケンカがしたかったんじゃなくて、国民を連れてきたかったんだった! すっかり忘れてた!」
俺の間の抜けた一言に、エラーラは呆気に取られたような顔で固まる。
初めての国民募集計画が、とんでもない方向に転がってしまったことを、俺はようやく思い出したのだった。
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