11.話が通じない人
招待状を落としてから、数日が経った。
俺は、毎日そわそわしながら、城の入り口にあたるメインポートを何度も確認していた。ノアに作らせた客室の掃除は完璧だし、お茶菓子用のチョコレートも(苦いながら)準備万端だ。
「まだかなぁ……」
俺がそう呟いた、まさにその時だった。
《管理人。指定ポートに高速で接近する飛翔物体を感知》
「――来た!」
俺は椅子から飛び上がり、ルンルン気分でメインポートへと駆け出した。どんな人が来るんだろう。気のいい商人か、あるいは好奇心旺盛な冒険者か。
巨大なハッチが、重厚な音を立てて開く。
そこに立っていたのは、燃えるような真紅の髪をなびかせ、鋭い眼光を放つ一人の女だった。美しい顔立ちだが、その身にまとうは、明らかに戦闘用の軽鎧。腰に下げた一振りの剣が、ただ者ではないことを物語っていた。
「やあ、ようこそ天空城アークノアへ! 俺が管理人のカインだ! 招待に応じてくれて……」
俺が陽気に自己紹介をしようとした、その言葉は途中で遮られた。
ガシャン!ガシャン!
突如、天井や壁から複数の機械兵が飛び出し、瞬く間に女を取り囲む。その手には、青白い光を放つ剣が握られていた。
「なっ、おい、やめろ!」
俺が制止するよりも早く、女が動いた。
瞬きする間もない。女が腰の剣を抜いたかと思うと、その切っ先は既に、一体の機械兵の喉元に突きつけられていた。
キィィィン!
機械兵が、寸分違わぬ速さでその剣を受ける。火花が散り、甲高い金属音が鳴り響いた。
同時に、城全体にけたたましい警告音が鳴り響く。
《警告。武装した侵入者を検知。防衛プロトコルに移行します》
女は機械兵と鍔迫り合いを続けながら、射抜くような視線を俺に向ける。
「貴様が、この忌まわしき城の新たな主か。――我が名はエラーラ・フォルティス。大陸に五人しかおらぬ『剣聖』が一人、『紅蓮の剣聖』とは私のことだ!」
エラーラと名乗った女は、堂々と告げる。
「その首を差し出せば、まだ情けをかけてやらんでもない!」
剣聖。それは、一騎で国を滅ぼすとも言われる、伝説級の剣士に与えられる称号だ。
そんな、とてつもない人物が、今、目の前にいる。
そして俺は、その事実を頭で理解し、思ったことを、そのまま口に出してしまった。
「……えっと、どちら様で?」
「――侮辱するかッ!!」
俺の素直な一言に、エラーラの怒りが爆発した。
彼女の体から、赤い闘気のようなものが立ち上り、機械兵を弾き飛ばす。そこからの光景は、まさに圧巻だった。機械兵たちの猛攻を、エラーラは紙一重でかわし、あるいは剣で弾き、一太刀の下に切り伏せていく。機械兵も相当な性能のはずだが、彼女の動きはその遥か上を行っていた。
やがて、最後の一体が切り捨てられ、静寂が訪れる。エラーラは、刃こぼれ一つない剣を俺に向けた。
「さて、次は貴様の番だ」
「いや、待って! 話せばわかる!」
俺が必死に命乞いをする中、エラーラの背後で、プシュー、という小さな音が響いた。
壁や天井の通気口から、無色透明のガスが静かに噴出され始める。
ほぼ同時に、俺の後ろから伸びてきたアームが、俺の口元に呼吸器のようなマスクをガッチリと装着した。
「んぐっ!?」
「小賢しい真似を……! ガスなど、呼吸を止めれば――」
エラーラの言葉が、途中で不自然に途切れる。彼女の体から力が抜け、その場に崩れ落ちた。どうやら、皮膚からも吸収されるタイプの睡眠ガスだったらしい。
「…………はぁ〜〜〜……」
助かった、という安堵と、とんでもない歓迎会になってしまった徒労感で、俺はその場に座り込んだ。
「つっかれた……もう寝る……」
俺はそのまま壁に寄りかかり、眠りに落ちた。
《……やれやれ。》
どこか呆れたようなノアの声が響くと、天井から二つの巨大なアームが降りてくる。
一つは、気絶した剣聖を器用に掴み上げて牢屋らしき区画へ。
そしてもう一つは、大の字で眠る間の抜けた管理人を、そっと抱き上げて寝室へと、それぞれ運んでいくのだった。
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