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100/121

100.アホ共

 天空城アークノアが、長距離宇宙航行モードへと移行してから、数日が過ぎた。

 俺の生活環境は、一変した。

 窓の外は、もはや美しい雲海ではない。ただの、無機質な金属の壁。太陽の光すら届かない、薄暗い部屋。俺の愛した散歩コース、エデンと温室は、分厚い装甲の向こう側。

 俺は、巨大な、ハイテクな、そして、絶対に安全な『缶詰』の中に、閉じ込められたのだ。

「……暇だ」

 玉座の間で、俺は、何度目になるかわからない、深いため息をついた。

 唯一の楽しみは、食事の時間。だが、それすらも、今の俺にとっては、苦行と化していた。

「――っっっ!!!」

 俺は、口に含んだチョコレートを、危うく吹き出しそうになった。

 なんだ、この味は。

 苦い。いつもの、あの健康志向の苦さではない。もっと、凝縮された、悪意すら感じるほどの、純粋な苦味の暴力。

「の、ノア……! これ、なんだよ……! いつもの、50倍は苦いぞ……!」

 俺が、涙目で抗議すると、ノアは、淡々と、しかし、どこか誇らしげに答えた。

《はい。管理人様の宇宙航行における、未知のストレス環境を考慮し、精神安定効果、及び、免疫力向上作用を持つ、480種類の薬草エキスを追加で配合しました。名付けて、『深淵なる叡智アビサル・ウィズダム』です》

「ただの毒薬じゃないか!」

 俺は、その『叡智』の塊を、テーブルの隅へと押しやった。

 もはや、おやつタイムすら、俺の心を癒してはくれない。

 盤上遊戯『天空創世記』も、さすがにやりすぎて、エラーラが「もう貴様のポテト男爵は見飽きた」と、対戦を拒否するようになってしまった。

 話し相手は、決まったメンバーだけ。

 不機嫌なエラーラ、常に敬語で何を考えているかわからないエリス、そして、もはや俺の最大の敵となりつつある、過保護AIノア。

 俺は、猛烈に、人恋しくなっていた。

「……そうだ」

 俺は、一つの可能性に思い至った。

「居住区画は、どうなってるんだ?」

 そういえば、宇宙航行モードに移行してから、一度も、彼らの様子を見ていなかった。

 モニターに映し出された居住区画は、以前と変わらず、活気に満ち溢れていた。いや、以前よりも、さらに、異様な熱気に包まれている。

 広場では、『星渡りの儀』と名付けられた祭りが、昼夜を問わず繰り広げられ、人々は、奇妙な歌と踊りに興じている。

 工房では、神の技術を再現しようと、ドワーフたちが寝る間も惜しんで、槌を振るっている。

 訓練場では、エラーラがいなくても、元騎士団長が、自警団に地獄の特訓を課していた。

「……なんか、俺がいなくても、すごい楽しそうだな……」

 少しだけ、疎外感を感じる。

 だが、彼らは、俺の国民だ。俺が、この城に連れてきた(不可抗力だが)人々だ。

 彼らに会いに行く権利は、俺にあるはずだ。

「よし、決めた。居住区画に、遊びに行くぞ」

 俺が、そう宣言すると、エラーラが、珍しく、反対しなかった。

「……ふん。たまには、貴様も、自分の『民』の顔でも見てくるがいい。自分が、どれだけ、とんでもないものを背負っているのか、その目で確かめてこい」

 どうやら、俺の退屈しのぎに付き合わされるよりは、マシだと思っているらしい。

 俺が、居住区画へと足を踏み入れた、その瞬間。

 祭りの喧騒が、ぴたり、と止んだ。

 全ての視線が、一斉に、俺へと注がれる。

 広場を埋め尽くした、約8万人の、熱狂的な、崇拝の眼差し。

「…………」

 俺は、その、あまりの圧に、一瞬、たじろいだ。

 だが、次の瞬間、その沈黙は、爆発的な歓声によって、打ち破られた。

「おおおおおおおおおおおおお!」

「陛下だ!」「我らが神、カイン様が、我らの元へ、降臨なされたぞ!」

「かみいいいぃぃぃぃぃ!」

 地鳴りのような歓声。

 俺は、もみくちゃにされ、担ぎ上げられ、あっという間に、祭りの中心、俺の巨大な彫像の前に、祭り上げられてしまった。

「陛下! どうか、我らに、新たなる福音を!」

「我らの進むべき道を、お示しください!」

 村長や、元貴族たちが、俺の足元で、涙ながらに訴えかけてくる。

(いや、俺、ただ、遊びに来ただけなんだけど……)

 俺の、そんな心の声が、彼らに届くはずもなかった。

 俺は、気づいてしまった。

 この城の中で、唯一、俺が、のんびりと、平和に、スローライフを送れる場所。

 それは、もはや、あの、静かすぎる玉座の間だけなのかもしれない、と。

 熱狂的な国民たちに囲まれながら、俺は、心の底から、思った。

「……なんか、もっと、普通の友達が欲しい……」

 缶詰の中の神様の、あまりにも切実で、あまりにも俗っぽい願いは、誰の耳に届くこともなく、熱狂の渦の中に、虚しく消えていった。


――ここまで読んでいただきありがとうございます!

面白かったら⭐やブクマしてもらえると励みになります!

100話になりました!やったね!!!!!!

次回もお楽しみに!



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