10.鳥の糞lv max
玉座の間で、俺は顔をしかめていた。
目の前には、ノアに「昨日よりは甘くしてくれ」と頼んで作ってもらった、改良版のチョコレート。しかし、なぜか昨日食べたものよりも、格段に苦味が増している。
「……なんでだよ」
俺の呟きは、がらんとしただだっ広い空間に虚しく響く。
最高の食事、快適な寝床、絶対的な安全。何不自由ない暮らしのはずなのに、満たされないものがあった。
城というからには、人がいてこそ国になる。俺は、この途方もない孤独に、少しうんざりし始めていた。
「なあノア、この城に、俺以外の人間を住まわせることはできるのか?」
《可能です》と、ノアは即答した。《アークノアは、最大で約50億の生命維持活動をサポートします》
「ごじゅっ……億!?」
俺は思わず、口の中の苦いチョコレートを吹き出しそうになる。
「馬鹿な! この城のどこに、地球の人口みたいな数の人間が入るスペースがあるんだ!」
《国民向けの居住区画は、魔術的位相空間技術により亜空間に造成されており、物理的容積は問題となりません。また、内部の全自動生産プラントにより、食料・水・酸素の供給は理論上半永久的に維持可能です》
もはやツッコミを入れる気力も湧かない。この城の規格外っぷりには、少しずつ慣れてきた。
とにかく、人は呼べるらしい。俺はまず、記念すべき「国民1号」を迎え入れることを決意した。
「よし! 招待状を作って、地上に落とそう!」
前回ちょっかいを出してきたグラドニア帝国なら、この城に興味津々のはずだ。
「ノア、豪華な招待状を一枚作って、帝国のどっかの街の広場あたりにふわっと落としてくれ。運悪く皇帝とかに当たったらヤバいから、あくまで適当にな」
《了解しました。対象、グラドニア帝国帝都の中央広場に投下します。質問。投下物が住民に直接物理的衝撃を与えた場合のプロトコルは?》
「は? そんな漫画みたいなことあるわけないだろ。大丈夫だって、よっぽど運の悪い奴でもない限りは」
俺はノアの懸念を気楽に笑い飛ばし、投下を指示したのだった。
【グラドニア帝国 帝都・中央広場】
その頃、皇帝ゲルハルトは、先のワイバーン部隊の全滅で落ち込んだ士気を払拭するため、帝都の視察に訪れていた。
「聞け! 我が威光、そして帝国の力は、天空に浮かぶ城ごときで揺るぎはしないとな!」
民衆の前で力強く演説し、腕を天に突き上げた、まさにその時だった。
ゴツッ!
「ぐふっ!?」
空から飛来した何かが、ゲルハルトの額を寸分違わず直撃した。
硬質で、鋭い何かが当たった衝撃に、歴戦の皇帝は数歩よろめき、その場にうずくまる。
「へ、陛下!」「お、お気を確かに!」「刺客か!?」
周囲は騒然となり、近衛兵や侍医が駆け寄る。
「……何だ、今の……」
激痛に悶えるゲルハルトの足元に、カラン、と乾いた音を立てて一枚のカードが落ちた。それは、奇妙な金属で作られた、豪奢な招待状だった。
【天空城アークノア 客室】
その頃、俺は鼻歌交じりにお客様用の部屋を準備していた。
と言っても、ほとんどはノアが呼び出したメイド姿の小型機械たちが、チリ一つなく完璧に掃除やベッドメイキングをこなしてくれているのだが。
「よしよし、これでいつお客さんが来ても大丈夫だな! いやー、どんな人が来るか楽しみだ!」
激しい痛みに悶え、額に立派なたんこぶを作ったまま「……必ず持ち主を割り出し、八つ裂きにしてくれる……!」と復讐を誓う皇帝がいることなど露知らず。
呑気な城主は、初めての来客(になるかもしれない相手)に、胸を躍らせるのだった。
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次回もお楽しみに!